no.17 2086年1月4日 (4) |
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無反応な者を攻め続けることが、これほど体力を要するとは想像もしていなかった。私は足を持ち上げるのもつらくなり、それでもムキになったあげく、バランスを崩して、バッタリと地面に転倒してしまった。 年齢には勝てない。老いた身体を恨みつつ、それでもコピードの親子をにらみつける。彼らは相変わらず丸く縮こまったままだ。 ひたすら専守防衛。いや、防衛すらしていないではないか。なされるままなのだ。 違う。私はハッとした。 父親はやられているようで、常に妻や子の盾になるよう動いていた。現に今も、私と妻子の間に巧みに割って入っている。その姿は、天敵から雛鳥を守る親鳥を連想させた。 私は、彼らの世界の和を乱そうとする一匹狼。そう、一匹狼の極悪人でしかない。 コピードに支配される世界で、私は異分子であり、さらにいえば、害悪をもたらす病原菌でしかないのだ。 少女を轢き殺し、暴行の限りを尽くすような──。 「おい」倒れたまま、私は父親に声をかけた。「お前たちは、どんな指令を受けた?」 「──し、指令?」 父親は両手を頭から離すと、小さな声で答えた。なんだ、しゃべれるじゃないかと思いつつ、 「私の行動を邪魔せよという指令だ。今日になって方針がひっくり返った理由は? テレパシーで受け取ったんだろ?」 すると父親はおずおずとうなずき、 「正確には、朝のテレビニュースで広報されました。テレパシーであまねく伝えようとすると、発信者は命にかかわるほど体力を消耗しますので──」 「そんなことを聞きたいんじゃない!」 一声叫ぶと、父親は首をすくめ、路上に倒れた姿勢のまま続けた。 「現在のコピードが、その弱い生態系ゆえに、極めてひ弱な種族であることはご存知ですね?」 私はうなずき返した。スピカから聞いた。 「例の装置をあなたが稼働させれば、この問題を解決することができるかもしれない。ただ、原子炉の小規模なことを考えれば、世界全体に影響を及ぼすことは不可能と予測されます。それでも解決の糸口くらいは、発見できる期待が持てる。昨日まではそんな意見が大勢を占めていました」 「それがなぜ?」 「昨夜、あなたと接触した者が、新たな見解を皆に呈示したのです。装置を稼働しようとすれば、内部に乗り込まねばなりません。するとあなたは確実に被爆し、命を危険にさらします。そんなことまでして、貴重な逸材を失うわけにはいきません」 「つまり、最後の人類としての希少価値を再認識したってことだな」 「そうです」父親はうなずく。「生物学的、心理学的にも。そして文化的にも」 文化的だと? 心当たりはないが。 「だから、あなたが心変わりして装置に近づくようなことがあれば、阻止すべし、と」 「そうか──で、あんたらがここにいたのは?」 「ああ」父親は背後の路地を振り向き、「この先に我々の住むマンションがあるのです。あなたと鉢合わせしたのは偶然でした」 父親は説明を終えたとばかり、再び悲しみの顔に戻った。 私はゆるゆると立ち上がった。なぜなら遠くからサイレンの音が近づいてきたからだ。能天気な警察も、いよいよ重い腰を上げたのだろう。 男の妻は、娘の亡骸に寄り添いながら、指で髪を梳いていた。そばでは息子がぼんやりとそれを眺めている。 「行くのですか?」 男が問うてきた。 「ああ」 「どうして?」 それには答えず、「娘さんにはもうしわけないことをした」と早口で言うと、あとは振り返らずに駆け出した。 私は前進することを、あらためて決意した。 |
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