no.15
2086年1月4日 (2)
 
 パトカーはウイーンと静かな音を立てながら、路上をゆっくりと動き出した。
 コピードが支配する世に移って、すべての車が電気自動車になった。ところがこの電気自動車、急発進ができない仕組みになっている。
 震える手でハンドルを握りしめ、バックミラーに目を向ける。ぶざまに転けた二人の警官は、まだ尻餅をついたままだ。状況が理解できていないのかもしれない。
 パトカーは速度を上げ始める。警官たちもようやく我に返ったらしく、立ち上がってこちらに駆けてくる。その二人の姿は、バックミラーの中でぐんぐん小さくなっていった。
 危地を脱した!
 じっとりと浮いた手の汗を、コートの襟にこすりつけて拭いた。腕の震えが止まらない。それもしかたがないだろう。コピードたちが待ち構えているなどとは、想像もしていなかったのだし。
 パトカーを住宅地の出口へと向ける。研究所の近くまでは、片側一車線の国道の一本道だ。さいわい走っている車の数は少ない。こちらは久しぶりに運転するペーパードライバーなのだし、馴れないパトカーである。渋滞などは極力避けたい。
 それに追っ手がすぐにかかるだろう。グズグズはしていられない。一刻も早く目的地に到着しなければ。
 一台のワゴン車が、前方を走っている。
 回転灯を掲げ、サイレンを鳴らして前を空けるよう、他の車に知らしめればいいのだが、どのボタンを押せばいいのか見当もつかない。
 こちらは全速力である。またたく間にワゴン車との距離が縮まった。
 とりあえず警笛を鳴らした。コピードはのんびり屋なので、運転手は後方に対する注意が足りないのだろう。そうでなければ、ツートンカラーのボディーに気づかぬわけはない。そう思ったのだ。
 ところが一向に、ワゴン車に道を譲る気配がない。
 さらに警笛を鳴らすが、それでも動きがない。
 驚いたことに、いつ現れたのか、別の四駆が対向車線をワゴン車と並ぶようにして逆走している。
 そうか!
 私は自分の読みの甘さに顔をしかめた。
 意識下でつながっていると目されるコピードの連絡網は、警察のみならず、すべてのコピードたちを動員して、私を包囲しようとしているのではないか。
 背筋に刀身を当てられたような悪寒が走り、私は初めて恐怖を感じた。
 ワゴン車と四駆がスピードを落とし始めた。こちらもブレーキを踏まざるをえない。
 ワゴン車の前には、数台の車が間を詰めて走っていた。
 イヤな予感がし、リアウィンドウに首をひねると、こちらにも別の車が、ぴったりと鼻面をくっつけているではないか。
 やられた──。
 いや、こんなところでやられるわけにはいかない!
 車はビジネス街のビルの間を走っていた。道に沿って、歩道がある。この時間帯、人通りはほとんどない。
 南無三! 私はハンドルを切った。
 激しい揺れとともに、パトカーは歩道に乗り上げた。
 カフェの看板を跳ね飛ばし、植栽を蹴散らし、ビルの壁面をこすった。
 スピードを落としてはならない。
 どうにかして、邪魔な車どもをぶっちぎらねば!
 障害物だらけの歩道で、さらにスピードを上げる。
 ワゴン車や四駆は動揺を隠せず、次々に道端に停車していった。
 振り向いて確認するどころではない。狭い歩道を走り抜けるのに必死で、電話ボックスやポストといった大きな障害物を避けるのに精一杯だった。
 道路に戻ろうにも、柵のように林立する棒杭と、渡された鎖によって仕切られていて不可能だ。
 コピードたちの車が再び追いついてくることを考えると、スピードを緩めるのも得策ではない。
 そうこうしているうちに、本道と垂直に交わる横道が棒杭の柵を切断していた。
 抜けられる。
 私はアクセルを踏み込んだ。
 気が焦っていた。
 だから、店から出てきた少女に気づくのが遅れた。

 悲鳴──そして、衝撃。
 心臓に絞られるような激痛が走った。
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