no.3 2086年1月1日 (3) |
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元旦の日が暮れた。 いつものように、少年が夕食を運んできてくれ、1時間後に、空になった食器を持ち去っていった。 平静な応対をするよう心がけたが、これがなかなか骨が折れた。コピードは決して勘の鋭いほうではない。それでも、私が不穏な計画を胸に抱いていることを悟られないよう、注意するに越したことはない。 今、コーヒーを飲みながら、これを書いている。 緊張感が増してきた。 10数年ぶりに自宅を離れて遠出しようというのだ。 あくまでも隠密裏に。 コピードに悟られないように。 まさかこんな大それた行動に出ることになるとは。 誰かに命令されたのでも、薦められたのでも、ノセられたのでもない(そんな人間など存在しない)。 三週間ほど前のことだった。国会で新たな法案が提出され、全会一致で可決し、即日施行された。お役人は全員コピードであるから、反対する者などいようはずがない。 人類がいなくなり、世の中は恐ろしくスムーズに流れるようになった。議論もない。喧嘩もない。いじめもない。当然、戦争や紛争もない。世界を覆っていたあらゆる問題が消滅した。コピードが文字通り一丸となって行動したため、地球温暖化や砂漠化など、異常気象の問題は一掃された。食糧問題も解決し、地域紛争、テロなど過去の話になった。 いいことづくめで結構だが、つまるところ、生活面ではひたすら退屈な世界が現われることになった。まあ受け入れるしかないが。 ただ、その日に通達された『記録抹消令』には大いに抵抗を感じた。 現在から10年以上前の記録は、すべて抹消せよというものだった。 以前、私はビジネス用のソフトウェアを作る会社に勤めていた。プログラマーたちが作り出す何万行というソースコードを管理するのが私の仕事だったのだが、実際に会社に出向くのは月に一、二度。ほとんどの業務は自宅の地下室にこしらえた仕事部屋でこなしていた。だから仕事をしなくなった今も、階段を下りれば、雑然と積まれ、ほこりをかぶった数十台のコンピュータと対面することができる。 コンピュータのハードディスクには、どれも古いソフトの残骸が記録されたままだ。新しい法律はそれらをひとつ残らず消してしまえというのである。 そもそも、なぜそんな法律ができたのか、私は理由を知らないし、ニュースは何も伝えてくれなかった。コピードたちはテレパシーによって瞬時に知ることができるだろうが、人類最後の私だけは蚊帳の外である。一度、隣家の主人に尋ねてみたが「いやあ、ははは」と、ごまかされて終わった。 一ヶ月後には、記録がちゃんと消されたかどうか、政府のお役人が調査に回ってくるという。私は掃除機を片手に、地下室に降りていくと、久しぶりに壁の主電源をオンにした。 データの消去など、まるごとプレス機で破壊してしまえば済む話である。ところが持て余すほど時間のある私は、老眼鏡の目をしばたたかせながら、ご丁寧にも一台ずつチェックしていくことにしたのである。 半数はもはや起動すらしないガラクタだった。ドライバーで丹念にネジを回しては、ほこりをかぶったディスクを取り外していく。ボワンと起動音がするものに対しては、ついつい昔を懐かしむ気持ちが湧いてしまう。いつしか私は本来の目的を忘れ、どんなデータが残っているのか、むさぼるようにフォルダの奥へ奥へと分け入っていた。 最も興味を惹かれたのは、古いWebニュース。人類がまだ我が世の春を謳歌していた時代。わずか数十年で自分たちの未来が消えてしまうとは想像もしていなかった。そんな頃の出来事の断片が、メールやキャッシュフォルダの中にひっそりと残っていた。 四季折々の風景や各地で行われる祭りの数々。高校野球の開幕。ゴールデンウィークの行楽情報。話題の映画が公開。さらにはコンビニ強盗やら各種の食品偽装問題。今となってはどれも歴史的事実に過ぎず、懐かしささえ感じさせる。 コピードは祭りもスポーツも観光も映画も好きではなかった。音楽や芸能にも興味がないらしく、テレビ番組もニュース以外は政治討論会ばかり。平凡な一人類としては、図書館に所蔵された過去の映像を検索して楽しむしかなかったが、それらも数年で鑑賞し尽した。 そこへ、降ってわいたような記録抹消令。老い先短いわが身。これから何を楽しみに生きていけばいいのか。 問題の記事を発見したのは、そんなことを考えながら、ある一台のパソコンをチェックしていた時だった。本当に偶然だった。こんな一文が我が目を捉えたのだ。 「こぴいどのげんいんはほうしゃのうだけではない」 ひらがなだけで書かれた一行。前後の文章とはまったく脈絡がない。 直感した。これは一般の検索に拾われるのを避けるためだ。掲載ページはPDF形式になった150ページもある書類の85ページ目。どこかの研究機関の定時報告書らしく、雑多でさして重要なことは書かれてないのに、その一文だけが妙に浮いていた。 しばらく眺めていると、文章が別のドキュメントファイルにリンクしていることが分かった。思わずダウンロードし、閲覧した私は驚きのあまり、呼吸困難に陥った。 「コピードが生まれた原因は、原子炉から洩れた放射能に、彗星から降り注いだ地球外物質が混じり合い、その化学反応によるものと推測される」 |
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