no.2 2086年1月1日 (2) |
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続きを書く。 呼び鈴には正直、ドキッとした。知らないうちにお昼になっていたらしい。 来客は隣家の10歳の少年だった。彼は朝昼晩と食事を盆に載せて持ってきてくれる。調理するのは少年の母親である。私は料理がまったくできないので、世話になっているのだ。 コピードはインスタント食品を好まない。数年前から一切のインスタント食品が製造中止になっている。困った時代だ。 「おはようございます、おじさん」 「おはおう。毎日すまないね」 「今日は八宝菜定食ですよ」 「うまそうだ。ありがたくいただくよ。お母さんによろしく」 お決まりの会話が交わされ、少年は盆を寄越すと、さわやかなほほえみを浮かべて帰っていく。一日三度の日課である。 少年はもちろんコピードであり、彼の父母もそうだ。さらに兄と姉がいる。言うまでもなく全員が揃うと、同じ顔が同じ声で「こんにちは」とていねいにあいさつしてくれる。 彼ら一家は、私を監視する役割を担っている。この世に生き残った最後の人類の生活を、それとなく見守っている。 私が死ねば、地球の覇権はコピードたちの手に渡る。心やさしい彼らは決して事を急いたりはしない。それどころか、私の体調に異変がないかどうか、健康管理システムから出力されるデータを日々チェックし、変調の兆しがあればすぐさま同じ顔をした医者と看護師が駆けつけてくる手はずになっている。ありがたいことだ。 コピードたちは、どれも同じ能力を有しているわけだが、皆が同じ職業に就いてしまうと、さすがに世の中が機能しない。彼らは形だけの議会で「くじ引きで仕事を選ぶ」ことを全会一致で採択した。異論が出なかったことは言うまでもない。 人類が消滅した過程も記しておこう。 振り返えれば、それは生きる意欲をなくした人類という名の老人が、両膝をつき、頭をたれ、道端に倒れこむのに似ていた。 一時期、人々は、コピード抹殺を叫ぶ過激派と、こんなことはいつまでも続くはずはないから冷静に対処すべきという穏健派との間で、さまざまな衝突が、さまざまな形で繰り広げられた。しかし結論が出ないまま時間ばかりが過ぎ、気がつけばコピードは数で人類を凌駕し、コピードの貢献なしでは世の中は回らないところにまで来ていた。 人類は最後まで、コピードを人間とは認めなかった。ところが、コピードたちはそんなことなど気にしていないかのように振る舞い、ひたすら低姿勢で自分たちに割り当てられた、取りようによっては不当とも思える労働に甘んじ、従事し続けた。 人類は結局、何ら実りある対処法を発見できないまま、権力を彼らに禅譲してしまった。 人類は急速にその数を減らしていった。理由はまちまちだが、未来に希望を見出せないという点では共通していたようだ。 十年前、生き残りが一万人を切ったとき、コピードは愛の手を差し伸べた。ハワイ、オアフ島を人類限定の街として明け渡すと宣言したのだ。 それは強制ではなかったが、断る者はいなかった。 私を除いて。 呼び鈴が鳴って、少年が食器を下げに来てくれた。 さて、オアフ島が最後の楽園に選ばれ、一万人が余生を過ごすことになったのだが、それでも人口は急坂を転げ落ちるように減り続けた。 ある日、ホノルルの街が廃墟と化したことがテレビニュースで報じられると、私の名前が読み上げられ、「彼が快適に生活できるよう、皆で応援しましょう」と呼びかけられた。 よけいなお世話だ。 そろそろ、準備にかからねばならない。計画はいよいよ今夜、決行だ。 書き足りないことが山ほどあるが、ひとまず筆を休めよう。 |
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