− 第176回 −
終章 6
 ──タケル、そろそろ……お別れだ。
「父さん!!」
 ぼくの眼からも涙が止めどなくあふれた。父さんの眼差しを一瞬たりとも逃さず心の中に焼き付けようと思うのに、眼の前がゆがんでどうにもならない。言い残したこと、伝え残したことはないだろうか。ぼくは焦った。
「ダムの建設は撤回されたから、あの自然は父さんが望んでいたとおり守られるよ。自然保護には博士が協力してくれるから安心してね!!」
 ──ほう、タケル……なんだか大人になったなあ。見違えるようだよ。……そういえばタケルとはずいぶん長く遊んでやれなかった。すまん。
「そんなことはいいって!! ぼくね、これからは父さんにならって旅行してみようと思うんだ。将来はバイクツーリングもいいな。それで父さんの行った国めぐりをしてみるよ。博士は来年アフリカに……ここへ来るらしいから、ぼくも訪ねるよ。それから、それから……」
 もう限界だ。涙で声が詰まってしゃべれない。
 ぼくは父さんの胸に突っ伏した。父さんはぼくの背中をやさしく撫でてくれた。
 ──大丈夫だ。父さんは心配してないから。
 父さんは両手でぼくを抱き起こした。
 ──猿人の形で再会できたのは何かの縁だろう。もしかするとこの猿人たちはタケルや父さんの先祖かもしれない。そんな気がする。DNAが呼び寄せたんだと……。父さんのDNAもタケルの中に残る。だから、きっと、タケルも、旅が、好きに、なる、と、思う。
「父さん!!」
 ──おわ、か、れ、だ。元気、で、な。母、さんを、頼ん、だ、ぞ。
 父さんの眼の中からスーッと光が消えていくのが分かった。
 やがて眼は閉じられた。父さんは去ったのだ。
 ぼくはしばらく猿人の父を見つめていた。
 猿人の父はすうすうと寝息を立てている。
 雪はしんしんと降りつづいてる。
 ぼくは空に向かって、アフリカの精霊さんありがとうとお礼を言った。また父さんと話ができるなんて思ってもいませんでした。
 人類発祥の地、“溝の帯”のあるここはきっととても温かい場所なのでしょう。この場所から世界を見つめ直すのも大事なことかも知れません。
 精霊さん、またいつか“光の河”流れ着く場所で会いましょう。
 さようなら……。
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