− 第174回 −
終章 4
「本当だよ、父さんが亡くなって──」
 ハッとぼくは口を抑えたが遅かった。父さんはさらに眼を見開いたかと思うと、静かにその眼を閉じ、やがて深くため息をついた。
 ──やはりそうだったのか……。
 ぼくは猿人の顔の下の、父さんの表情を読みとろうと食い入るように見つめた。
 ──面会が終わって留置場に戻されてすぐ、父さんは具合が悪くなったんだ。……以前から仕事が大変だったから、ここへ来て無理がたたったんだろう。父さんは倒れた。すぐに医務室に運び込まれた。医者は難しい顔をしていた。そのとき父さんは、もう自分の命が長くないことを知った。
 父さんは毎日命がけで働いてきた。だから後悔はしてないつもりだ。ただ気がかりは、タケル、おまえと母さんのことだ。
「父さんは仕事がうまくいかなくても、“光”に助けてほしいとお願いしなかったんだね」
 ──そりゃそうさ。仕事上の壁で、父さんの力で破れないものはないはずだからね。
「父さんの命を救ってはくれないの?」
 ──それは無理だ。“光”は神様じゃないんだよ。大昔からアフリカの地に宿る、精霊のような存在なんだ。無から有を生み出したり、自然の摂理をねじ曲げたりはできないんだ。それに通りすがりだったよそ者の父さんを助けてくれたぐらいだから、かなり物好きな性格をしてるね。ははは。
 父さんの声が少し明るみを取り戻した。
 ──でも、七ヶ月を隔てたタケルと父さんを会わせてくれるなんて……時間の流れを操ることはお得意らしい。おまけに待ち合わせの場所が……どうやら大昔のアフリカらしいな。
「父さん、もしかしたらぼくが人類史上はじめて二足歩行した猿人かも知れない、はじめて道具を使った猿人かもしれないよ」
 父を喜ばせたくて、ぼくはここまでの道のりをかいつまんで話した。
 ──そうだったのか。それは驚きだな、人類の進化にタケルが一役買ったとは。
「でも精霊は、ただのいたずら心で、ぼくをこの時代に放り込んだのかもしれないね」
 ぼくは照れ隠しに頭を掻いた。
 ──いや、そうじゃないと思う。
 父さんは真顔に戻った。
 ──あの長老はこうも言ったんだ。精霊は人を試すクセがあると。最低限のお膳立てはするが、あくまで関わる人間ががんばらないと願いはかなわないんだと。タケルは試練を受けたんだよ。
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