− 第173回 −
終章 3
 ──父さんの願いは聞き届けられたんだな。
 ぼくは身を乗り出した。
「願い? 誰に何をお願いしたの?」
 父さんは猿人の体に慣れないためか、何度も深呼吸を繰り返した。それからゆっくりと答えた。
 ──願いはもちろん、タケルにもう一度会わせてほしいということ。お願いした相手は……“光の河”の話を覚えているね?
「うん、父さんがアフリカを旅行中、道に迷ったとき、夜空に星がまるで河のようにビュンビュン流れてきて、進む方向を示してくれて助かったお話でしょ?」
 ──そうだ。
「父さんが村にたどり着いたとき『行い正しき者は光に導かれる』って言い伝えを教えてもらったんだよね」
 ──へえ、よく覚えてたなあ。
 父の眼が細くなった。
 ──そのとおりだ。村の長老がそう教えてくれたんだ。普通よそ者が“光の河”に出会うことはないのにと、とても驚いてたよ。……じつは、その話にはまだつづきがあったんだ。
「どんな?」
 ──長老はこう言ってくれた。父さんはきっと“光”に気に入られたんだと。“光”は気に入った者の願いを聞き届けてくれるんだと。ただしその願いは生涯ただ一度だけ。一度だけならどんな願いでもかなえてくれると。
「それじゃどうして父さんの無実を証明してくれるよう、頼まなかったの?」
 ぼくは訊ねずにいられなかった。
 ──うん……父さんは自分が無実だと知ってるし、きっとすぐに疑いは晴れるだろう。でも……。
「待って!!」
 ぼくは父さんの話を止めた。違和感を感じたからだ。それはとてつもない違和感だった。
「父さん……父さんは今どこにいるの?」
 質問するのが、なぜか怖かった。
 ──父さんのいるところかい? 父さんはいま……警察の地下留置場にいる。
 ぼくは愕然とした。
 父さんがいる時間は、七ヶ月前なのだ!!
 ──ついさっき、タケルとお祖父ちゃんに面会したばかりじゃないか。
「ち……違うんだよ、父さん……あれはもう去年のことなんだ。今は翌年の七月なんだよ」
 ──なんだって!?
 父さんの眼が飛び出そうなほど見開かれた。
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