− 第172回 −
終章 2
 その一団を目指して徐々に高度を下げていく。
 中のひとりが最終目的地だ。そのベージュ色をした頭に急速接近し、ぶつかるかと思った瞬間、ぼくは光の渦の中に吸い込まれていた。
 いろんな思いが津波のように寄せてくる。
 その混乱を突っ切ると、ゆるやかに着地した。
 同時に、ぼくは眼を開いた。

 猿人たちは寒さをしのぐため、互いの体をぴったりとくっつけ合っていた。ベージュの毛もブラウンの毛も関係なく寄り添っているさまは、チョコレート詰合せの中味が、箱の片側に寄ってしまったのに似ている。
 ぼくは手のひらを顔の前にかざした。ベージュの毛に覆われた手だ。
 ああ、戻ってきたんだな。
 すぐそばで姉が眠っていた。彼女の膝では幼い弟たちが丸くなっている。その向こうには義理の母がいるし、離れたところにあの大男さんの姿がある。親子三人でひしと抱き合ってる猿人サユリもいる。みんなまだ朝の微睡(まどろ)みの中にいた。
 雪は降りつづいており、太陽は灰色の雲に隠されている。ぼくはブルッと震えた。
 するとぼくの動きに呼応するように、目の前に横たわっていた猿人が身じろぎした。それは傷つき、ここまで仲間たちの手で運ばれてきた、我らベージュ族の長、ぼくや姉の父親だった。
 彼は薄く眼を開け、二三度まばたきした。
 彼の傷は重い。長く生きられないかもしれない。それでも見捨てられることなく、ここまでいっしょだった。一族の尊敬を浴びている証拠だ。
 ぼくは彼の腕に自分の手を置いた。
 ──タケルか?
 その声に驚き、あわてて手を放した。
 しかし彼の両眼はぼくをとらえて放さなかった。
 まぎれもなくそれは“父さん”の声だった。
 ぼくの父、武彦父さんの。
 一度引っ込めた手をおずおずと差し出し、彼の腕の肌の部分にしっかりと触れた。
 ──タケルなんだな?
「そうだよ……」
 ぼくの眼から涙があふれるのが分かった。七ヶ月ぶりに聞く父さんの声は、耳でなく直接頭の中に響いてきた。それにもかかわらず生々しさは本物の声以上だった。
「父さん……また会えるなんて……」
 ぼくを見つめる眼が微笑んでいる。
 まちがいなく父さんだ。
←次回  トップ  前回→