− 第171回 −
終章 1
 ふわ、ふわ、ふわり。
 浮かんでる。漂ってる。
 強烈な明かりが降り注ぎ、ひどく眩(まぶ)しい。
 明かりを避けて俯(うつむ)くと、床の上に点々と緑のしみの跡が見えた。
 眼をこらすとそれはしみじゃなかった。
 樹木だ。
 小さく見えるけど一本一本がまぎれもなく大きな木で、あちこちに森のような群生を作っている。
 遠くでキラリと光ったのは湖か。
 湖面に立つさざ波が、その大きさを物語ってる。
 どうやらここは空の上らしい。
 とても高い空に浮かんでるんだ。
 地平線がかすんで見えない。
 今さらながら眩しい明かりが太陽だと気づいた。
 雲の切れ端が眼の前を通り過ぎた。
 ずっと離れた地上に雲の影が落ちてる。
 朝なんだな。
 照らされてる側の顔が熱くなってきた。
 手をかざして陽差しを避けようとした。でもできなかった。手がないのだ。
 手だけじゃなく足もない。お腹もない。
 何にもない。だから浮いてられるのか。
 ふわ、ふわ、ふわり。
 今度はこんもり密度の濃そうな雲が寄ってきた。
 うまく太陽の反対側に流れてくれたので、じっと見つめていた。
 予想どおり、期待に反して、影は落ちなかった。
 頭もないわけか。
 でも眼は見えるし、空気のにおいは感じるし、風だって頬に当たって……。
 はるか下を鳥の群が飛んでいる。こちらと同じ方向に飛んでいるはずの鳥たちが、あっという間に後方に流れていった。
 どうやらこの透明な頭は、猛スピードで空を移動してるらしいぞ。比べるものがないので分からないけど、音速に近いんじゃないかな。
 前方から灰色の雲が近づいてきた。
 ためらう暇もなく灰色の雲の中に突入していた。
 びゅんびゅんと風切り音が鳴る。
 やがて雲を突き抜けた。
 途端に白く冷たいものを浴びた。
 雪。少し灰色をしているけど間違いなく雪だ。
 もくもくと灰色の煙を出す山が遠くにあった。
 地上は薄い灰色の雪で一面に覆われている。
 その時このフライトの目的地が分かった。
 山陰(やまかげ)に、寄り添うようにかたまっている一団が見えたからだ。
←次回  トップ  前回→