− 第170回 −
第六章 光の河III 72
 部屋に戻ると母は食事を終え、すでに着替えも済ませていた。
「母さん、先生が京都まで、いっしょに車に乗せて行ってくれるって──」
 そこで言葉が止まった。
 母は窓際のテーブルを見ていた。
 そこにあったものが、ない。
 いや──あった。
 こんもりと金色の砂が。
「いつの間にか、こうなってたの……」
 タケルは近寄った。砂を手ですくうと、さらさらと指の間からこぼれ落ちた。
 ──使命を終えたので、これで失礼します。
 “黄金塊”はそう言いたかったのだろうか。
 タケルは木箱を横にして、テーブルの上の砂を全部すくい取った。
「帰ったら、父さんのお墓に撒きましょうね」
 タケルは頷いた。

 先生の車は小型なのでタケルと母しか乗せることができず、祖父ちゃんと祖母ちゃんは新幹線で帰ることになった。タンクがレンタカーで駅まで送りましょうと申し出た。
「博士、お元気で。また冬休みに来ますから」
「タケルも達者でな」
 ふたりは抱き合って別れを惜しんだ。
 病院の脱出はちょっとしたスリルだった。こっそりと裏の階段を降り、駐車場までダッシュした。
 博士が窓から手を振っているのが見える。
 二台の車は発進し、駐車場を後にした。
 やがてタンクの車にも別れを告げた。
「美味しいものでも食べながら、ゆっくり行きましょう」
 先生もきっと旅人になれそうだ。母さんは後部座席で過ぎゆく風景を楽しんでいる。
 タケルは助手席で風に髪をなびかせた。
 ブルン。いきなり耳のそばで爆音が轟いた。すぐ横を大きなバイクが併走している。
「サユリさん!!」
「タケルちゃーん!! 元気でねぇー!!」
 サユリが手を振った。タケルも振り返した。
 サユリは何度も警笛を鳴らしながら、弧を描くようにして視界から去っていった。
「大和くん、いっぱいお友達ができたわね」
 ──本当に。タケルは物思いに沈んだ。
「ん?、まだ何か心配事があるの?」
「はい──夏休みの宿題」
 車内に笑い声が渦巻いた。
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