− 第167回 −
第六章 光の河III 69
“黄金塊”は病室をやわらかく包む間接照明を受けて、あくまでも鈍く反射している。まるで本当に数百万年の時を経たように──。
 防音構造の部屋は、空調の音がかすかにするだけでとても静かだ。廊下を行き来する人の足音も、隣にいるはずの博士や先生の声も聞こえない。
「──タケル、それは?」
 タケルは母を見た。母が“それ”と言ったのは“黄金塊”のことらしい。
「これはね、父さんが持っていたものなんだ」
 答えたタケルは、母の両眼に光が宿るのを感じた。正気に戻ったんだとタケルは確信した。“黄金塊”が眼に映っているだけではない。
「まあ……久しぶりだわ、それ見るの。父さんが学生時代にアフリカへ行ったときのお土産だったのよ」
 タケルは感情が顔に出ないよう必死に我慢したが、心の中では激しく動揺していた。アフリカから──“黄金塊”はやはりアフリカから来たのか。
「母さん──これ、なんだか父さんの顔に見えるでしょ?」
「──本当ね、そっくり」
「ぼくはね、これにずいぶんと助けられたんだよ。
 道に迷ったとき、ぼくに進む方向を示してくれたんだ。“光の河”を見せて、ぼくを連れてってくれたんだ──。
 ぼくがこうしていま無事でいるのも──父さんが守ってくれたおかげなんだ……」
 タケルは突然、淋しさに襲われた。
 新聞に名前が載っても、知事に表彰されても。
 やっぱりぼくは無力な子供のままだ。

「──それは違うわ」
 突然、母が……、
「──父さんは亡くなったの。もういないの」
 明瞭な発音を伴って……、
「──父さんは天国に召されたの。あなたを」
 話しかけてきたのに……、
「──助けることはできない。だから」
 タケルは驚いた。
「──あなたは自分の頭で考え、自分の力で困難を乗り越えてきたのよ。それを忘れてはダメ」
 でも。
「でも博士や、サユリさんや、先生や、祖父ちゃんや……みんなに助けられたんだよ」
 母は一呼吸置いた。
「──そうね、タケルの言うとおりね。あなたはひとりだけど、ひとりじゃなかったのね」
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