− 第161回 −
第六章 光の河III 63
 サユリはタケルの腰に手を掛けると、軽々と持ち上げて後部シートにストンと降ろした。なぜか周囲にひしめく群衆はオオッと声を上げ、携帯のフラッシュを絶え間なく光らせた。
「アタイの腰にしっかり張り付いてるのよ」
 サユリはタケルに注意を促すと前に向き直って、ウオオオオと吠えた。度肝を抜かれた人々は後じさりした。サユリのバイクはヴォンとひと声、排気音を鳴らすや急発進した。
 驚いたのは県から派遣された三人組である。
「た、大変だ!! 逃げた!!」
 ふたりを所定の時間までに県庁へ連れていくのが彼らの使命である。彼らのリーダー格であるメガネの男が、併走することになっている白バイ警官のところまで走っていった。ハーレーの大きな白バイにまたがって悠然と構えていた警備隊長も話を聞いて、あわてた。
「な、なんだと、逃亡? 非常識な!!」
 ふたりを無事に県庁まで護送するのが彼らの使命である。彼は同僚の白バイたちに命令し、すぐさま追跡しようとしたが、ここでも群衆の存在が邪魔をした。今や病院の前は道路を埋め尽くすほどの黒山の人だかりだった。
「はっはっは、こりゃケッサクだわい」
 博士は県が用意した車の中で手を打って喜んだ。
「我々も出発します。どうぞお席に深く腰掛けてください」
 メガネの男は、身を乗り出す博士を制して、車を発進させた。この上また博士に怪我でもされたら減俸ものだ。
 タケルの行動に驚いたのは井沢先生も同様だ。ごった返す状況に、出発まで時間がかかるだろうと道路地図をめくっていたところ、前方からどよめきが起こったのだ。チラッとサユリのバイクがタケルを乗せて走り去るのが見えた。
「お祖父様、私たちも出発しますよ!!」

 バイクは風を切って突き進む。
 サユリのヘルメットをかぶったタケルは、飛ぶように過ぎていく風景を楽しんでいた。
 気持ちがいい。今日も朝からぐんぐん気温が上昇していたが、こうしているととても涼しい。
「ねえ、いま何キロ出てるの?」
「だいたい百キロってとこよ」
 タケルは眼が点になった。まだ町の中だ。どうしてそんなに出せる? やっとタケルは気づいた。
「だめだよ、信号は守らないと!!」
「あら、そう?」
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