− 第160回 −
第六章 光の河III 62
 人波にもみくちゃにされた経験などないふたりはどうしていいか分からず困惑した。困惑しても周囲の人々は彼らにタカるのをやめない。
「な、なんて現金な連中だ!! ついこの前までわしのことを胡散臭い眼で見とったくせに!!」
「博士!! ぼく、足が宙に浮いてます!!」
 病院内に戻ろうと振り向くと、彼らを見送っていた看護士や医師らがまだ並んで拍手をつづけている。中には万歳三唱を唱えている老先生もいる。ふたりは困惑を深めた。
 とにかく約束通り来ているはずの送迎車まで行かねば。博士は右手でタケルの手を握り、必死で人間版土石流を掻き分ける。だがさっぱり埒があかない。進んでいるかどうかも分からない──。
「うおあおあおあおあおあおあお!!!」
 奇妙な咆哮が響き渡った。
 あまりの音量に誰もがハタと動きを止めた。
 人の声というにはあまりに奇矯な声色だった。
 その人々の間をブオンブオンという排気音と共に大型のオートバイが近づいてきた。
「サユリさん!!」
「お待っち〜」
 ウインクを投げながら進むサユリが人波に道を作ってくれた。ふたりはその後に従った。
「あちらにお迎えの車が来てるわよ」
 博士がサユリの指さす方向を見ると、人の頭の間に黒塗りの大きな乗用車が止まっているのが見えた。
「すまんな、サユリくん。ところで──」
「ハイハイ頼まれてた件ね。確認してきましたわよ。山小屋に残されてた博士の動物たちは、二日前ちゃんと保護されてました。動物園駆け回って一頭一頭この眼で見てきたから大丈夫」
「おお、ありがとう、恩に着るぞ!!」
 タケルたちはバイクにつかまって付いていく。その後をやはり人々が追いかけ、それぞれが勝手に話しかけてくる。マイクがタケルの頭を小突く。唾(つば)が顔に降りかかる。もはや誰が何を言ってるのかさっぱり聞き取れない。
 ようやく送迎車に到着した。例の地味な三人組があわててドアを開ける。博士は怪我が痛むため乗り込むのも一苦労だ。
「──サユリさん」
「なあに、タケルちゃん」
「ぼく、サユリさんのバイクに乗って行きたい」
 それを聞くとサユリは眼を大きく開け、体全体を喜びで震わせた。
「よくぞ言ってくれたわ〜」
←次回  トップ  前回→