− 第159回 −
第六章 光の河III 61
 病室はVIP仕様だから、壁にはちゃんとインターネット接続用の端子が付いていた。
「それじゃあ、ここにパスワード打ち込んで」
 先生は嬉々として指示している。
「なるほど、こうして──と、つながったぞ」
「あたりまえですよお、それじゃ次はメーラーを立ち上げて……いざ受信!! ──ああやっぱり。メールたくさん届いてますよ」
 タケルも横から覗き見しようと伸びをした。すると突然ノートパソコンがしゃべり出したので、思わずのけぞって、背後の壁に頭を打ち付けた。
「スゴーい、このメール、音声メッセージ付き」
「イタタ……ど、どこの言葉ですか、それ」
「怪我はないか?──スワヒリ語だよ」と博士が答える。「無事でいるかどうか訊いてくれとる。タンザニアの学者だ」
「タンザニアって──」
「アフリカだ」

 翌日も快晴。朝から暑くなりそうだ。
 貸衣装を電話で問い合わせたところ、サイズを伝えるや貸衣装屋の店主がありったけの正装着を抱え、あたふたとかけつけてきた。どうぞお使いください、料金はいりませんと下にも置かない。
 タケルと博士は互いに顔を見合わせていると、外が騒々しくなってきた。見ると病院前はものすごい人だかりになっている。マスコミの姿もチラホラ。「ヤマトくーん」と叫ぶ黄色い声も聞こえる。どうやら名誉県民の話が町に広まったらしい。それがこの上を下への大騒ぎに発展したようだ。
 元より平凡な町が全国規模で注目されているのだ。盛り上がらないわけはない。単純にお祭り気分の者もいれば、商売につなげよう、おこぼれにあずかろうという算盤づくの者もいる。病院さえも例外ではなく、入院費は「別の方からいただいておりますので」という始末だ。
 博士は包帯巻きの上から服を着た。大丈夫ダイジョーブと言っているが、やせ我慢のようだ。
 県庁に向かおうと玄関を出たところで壁に阻まれてしまった。ふたりを大勢の市民が取り囲んだのだ。
「新出博士、ひと言コメントをお願いします!!」
「きゃータケルくんこっち見て携帯撮らせて〜」
「博士、同じ町内の者ですがどうかサイン書い」
「大和くんアタシのこと覚えてる? 隣の席の」
「博士! パソコンをお求めなら是非我が店の」
「おーい大和ー、俺たちいまでも友達だよなー」
 もはや引くことも進むこともできない。
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