− 第157回 −
第六章 光の河III 59
 タケルは病室の前で立ち止まった。中で博士の調子っぱずれな声がする。それにかぶさるように井沢先生の楽しそうな声が聞こえてくる。
 タケルはちょっと悩んだ末、ノックして入った。
「なんだ、タケル。ノックなんかして」
 博士が不思議そうな顔でタケルを見た。
「ねえねえ、大和君、これをご覧なさい」
 博士の布団の上に積まれているのは膨大な手紙の山だった。タケルは近寄って一通を取り上げた。
「──これ、英語?」
「どれどれ」と博士が手を伸ばす。「ああ、これはフランス語だ」
「他にもね、ドイツ語、中国語、ロシア語、スペイン語、イタリア語……アラビア語もあるわよ」
「何のお手紙なんですか?」
「博士へのファンレターよ」と先生。
「違う違う」
 博士はあわてて否定すると説明してくれた。
「どうやら山崩れやらダム疑獄事件のニュースで、わしの名前が世界中に流れたらしい。友人らが心配して見舞いの手紙をくれたんだよ」
 それにしてもすごい量だ。
「博士ってじつは友達いっぱいいたんですね」
「はっはっは、まあ国内じゃみんな煙たがって近寄らんからな」
「電子メールのメールサーバ、今頃パンクしてるんじゃないかしら」
「そうかもな……ウチのパソコンは全部壊されてしまったし、まいったなあ」
「私、ノートパソコン持ってきてるんですよ。よかったら使われます?」
「ああ──そうさせてもらおうかな」
「ちょっと待っててくださいね!!」
 そう言って、先生は軽やかな足取りで部屋を飛び出していった。
 ──テンション高すぎるよ先生。でも博士とのコンビは悪くないかも。
 祖父ちゃんが新聞片手に駆け戻ってきた。きっと病院の人には騒々しい病室と思われてるだろう。
「博士さん、これを見てください」
「なんでしょう」
 バサッと置かれたのは夕刊だった。その一面の見出しを見て、博士はウーンと唸った。
「何なの、祖父ちゃん」
「うん、警察署長が逮捕されよったんや」
 署長が逮捕? ──署長ってムネオの父親だ。
「例の念書には署長の名前も出とったんや。内部監察官に事情聴取されて全部自白したらしい」
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