− 第148回 −
第六章 光の河III 50
 金庫は、大きさからして百キロはあろうか。
 タンクは石ころを拾うと、金庫に目がけて投げつけた。ゴンと音がして、石はタンクを嘲笑するようにあさっての方向へ飛んでいった。
「簡単に盗まれちゃあ、意味ねえもんな」
 タンクは泥の上に座り込み、物言わぬ金庫を精一杯、睨みつけた。
 ──ん、気のせいか……。
 ──俺に見られて金庫の色が変わった……?
 気のせいではなかった。グレイに塗装された表面が、徐々に赤みを帯びてきたのだ。特に顕著に変色しているのが上部である。最初は暗い赤から、だんだん明るいオレンジに変わり、いまや眩しいほどの白に変貌している。
 タンクは自分の眼が信じられなかった。しかしさらに信じられない光景がつづいた。バーナーの火にも似た強烈な光を放っていた金庫の上部が、ボンッと跳ねたのだ。火山が噴火するように。
 跳ね飛んだ物体が、周囲の水たまりに飛び込んでジュッと音をあげた。煙も立ちのぼった。まちがいなく高温に熱せられているのだ。金庫は内部からの熱で溶かされているのだ!
 超自然的な光景はさらにつづいた。
 金庫の上にぽっかりと穴があくと、そこからは黄金の光が空中にあふれ出た。
 タンクは光に魅せられて恍惚とした。
 しかし光が見えていたのは、わずかに数秒の間で、終わりは唐突に来た。光線はすっと消えたかと思うと、赤く光っていた金庫は元のグレイの金庫に戻っていた。
 ただし、大きな穴はそのままに。
 タンクは理解を超えた現象を前にして声も出せなかった。しかし突然脳裏によみがえるものを感じて彼は叫んでいた。
「そうだ! あの光はマグマといっしょに地下から吹き飛ばされた……」
 その先の言葉が見つからない。記憶が薄らいでしまっている。どこで見た? 夢の中か? たしか“溝の帯”ではぐれた彼と──。
「タンクさーん、どうしたんスかぁ?」
 間の抜けた声に思考は中断された。
「ホーダイ! おまえ、いまの見たか?」
「なにを?」
 どうやら呆(ほう)けたまま、空でも眺めていたらしい。
「バカヤロー! おまえは一生たそがれてろ!」

 その光を見た者が、ほかにふたりいた。
 タケルの眼には、あの光だとすぐに分かった。
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