− 第145回 −
第六章 光の河III 47
 波多野守は机の引き出しを開けた。身構えたタンクをよそに、波多野はタバコを取り出し、口にくわえて火をつけた。
「何をしてる。早く失せろ」
 波多野はタンクに煙を吹きかける。
「やさしいんだな。警察に突き出さないのか」
「知ってるだろう。私はいま選挙運動で忙しい。雑魚に付き合ってる暇はない」
 ズズンとまた大きな音がした。
「あの騒々しいのは、いったい何だ?」
「フン──後ろの山が崩れてきたのだ。岩のデカいのが屋根に落ちた。貴様らも早く逃げたほうが身のためだぞ」
 こっそり近寄ったホーダイが小声で、
「タンクさん、逃げましょうよ」
 しかしタンクはそれにかまわず、
「あんたは逃げないのか?」
「ここは私の家だ。私に指図するな!」
 波多野は胴間声を張り上げた。
「大切な書類を持たずに逃げられないってか?」
 波多野が大きく目を見開いてタンクを睨みつけた時だった。
 ドドーン。
 鼓膜が裂けるかという大音声と共に、天井が落ちてきた。さらに壁がいやな軋み音を立ててゆがみ、こちらに向かって倒れてきた。
 タンクとホーダイは絨毯の上に仰向けに転がった。絨毯は下から持ち上げられ、ソファや調度品を乗せたまま、ふたりに襲いかかってきた。
「ホーダイ、こっちに来い!」
 タンクは火のない暖炉に飛び込んだ。ホーダイもあとに従った。
 照明が消え、あたりは真っ暗闇になった。書棚横の小さな窓から差し込むわずかな月明かりが、部屋の惨状を浮き上がらせていた。
「波多野! 無事か!?」
 タンクの問いに「ううう」という呻き声がした。
 部屋は依然、ガクンガクンという振動を伴って動き続けている。何がどうなっているのか想像もつかない。タイタニックのようにこのまま海の底、いや地の底に引きずり込まれるのか。
 タンクは暗い部屋の中を見回した。
 いた。波多野は机と壁の間にはさまれ、書棚から落ちた本の山に埋もれていた。
「た、助けて……くれ」
「そういう時は『助けてください』と言うんだ」
「たすけて……くだ……さい」
 タンクは暖炉を飛び出し、本の山に飛びついた。
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