− 第144回 −
第六章 光の河III 46
 扉の大きなノブにかけたタンクの手が震えた。
 これじゃコソ泥と同じだ。酔った勢いだとか、パーティーの座興だとかいう理由は通用しない。しかしここまでお膳立ての揃った状況を見逃すほど彼の意志は強くはなかった。いや、ジャーナリスト魂が勝ったというべきか。
 タンクが見たいと強く念じているもの、それは“念書”だ。波多野守が某政治家と取り交わした念書。タンクは執拗な取材の中から、ギリギリのツテを頼って、その存在を確認した。両者で取り交わされたその念書には、波多野の息の根を止められるほどの事柄が記載されているというのだ。それがあるとすれば当然この部屋だろう。
 タンクは武者震いを鎮めながら、ノブを回し、書斎の中に“侵入”した。
 敷き詰められた絨毯が彼を出迎えた。その先に執務机があった。広い部屋の左には暖炉があり、右にはカウンターバーがある。タンクはしばらく部屋の調度を細かく観察していたが、机の向こう側にある書棚の、とある箇所で目を止めた。
 小型のシャッターだった。タンクは不自然なそれを“金庫”だと直感した。おそらくシャッターの向こうの金庫の中に“念書”はある。
 しかし──ここまでだ。
 シャッターの鍵や金庫を開ける数字を書いた紙が、引き出しにポイッと入れてあるはずはない。金庫をこじ開けるほどの技術があるわけでもない。
 ──それじゃなぜ、ここへ来た?
 いつも理詰めで考える俺らしくない行動だ。本能のおもむくまま、欲求のほとばしるままに来てしまった。そしたら御馳走を前にお預けときた。
 ばかばかしい。
 笑い話にもなりゃしねえ──。
「貴様、何者だ!」
 廊下から誰何(すいか)する声が聞こえてきた。ホーダイが見つかったのだ。律儀に「スンマセン」と答えている。振り返ると半開きだった扉をくぐって、当の波多野守自身が入ってきた。
「貴様もここで何をしておる!」
「いやあー、トイレを探してたら道に迷いまして……なんて言い訳は通じないか」
 タンクは不敵な笑顔で応えた。
「見覚えのある顔だな。──そうか、この前ウチの事務所に来た三流記者か。大した記事が書けそうもないから、ネタを求めて、とうとう家宅侵入まで働いたというわけか」
 波多野の眼が、眼鏡の奥で怪しく光った。こいつタダモンじゃねえ。タンクはゾクッとした。
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