− 第142回 −
第六章 光の河III 44
「け、警部! 山が崩れてます! 本当です! 本当に──あああ」
 叫び声をあげている最中にも、岩壁はどんどん崩壊していく。ズズズンという身の毛もよだつ音がここまで響いてくる。
 呼ばれた警部もあたふたと上ってきた。先生も祖父ちゃんも顔だけ出している。
 崩落した岩塊のひとつが、御殿の裏手にある塔を直撃した。グアーンという激しい音と共に塔は御殿の内側に倒れていった。
 おーっというどよめきが起こった。駅の周辺や通りにいたすべての人が、最初の崩落を目撃したのだ。タケルたちの街宣がなければ普段の喧噪に溶け込んでしまい、人々の気づくのが遅れただろうことは想像に難くない。
 次々に剥落する屏風のあとから、今度は大量の水が滝のように噴き出してきた。水は御殿を直撃し、屋根の日本瓦を弾き飛ばした。
「警部さん、早くみんなを避難させないと!」
 先生が横から叩きつけるように言葉を浴びせる。警部はそうだそうだと喚きながら車を降りた。
「この車で避難勧告をつづけてもいいですね?」
 すっかり舞い上がってしまったらしく、警部は赤べこのようにウンウン頷くだけで精一杯だった。
 すでに町なかは大騒ぎになっていた。我がちに逃げ出す人で、駅前通りはごった返していた。
「みなさん落ち着いて! できるだけ高台へ! スーパー波多野のあるほうへ逃げてください!」
 どこまで聞こえるか分からなかったが、先生は叫びつづけた。

 山崩れが起こった時、波多野御殿の大広間ではパーティーが盛大かつ華やかに催されていた。
『波多野敬造の喜寿を祝う会』と銘打たれたパーティー。表向きは守の父親であり一昨年まで県会議員を務めていた敬造が主役だが、現在選挙運動中の息子、守を応援する会合であることは誰の目にも明らかだった。
「そうそうたる顔ぶれが揃ってるスね」
「まあな。しかし選挙運動の期間中にヤルたあ、見え見えでタマんねえぜ」
 会場は立食パーティーだ。部屋のすみでビール片手に言葉を交わしたのはタンクとホーダイ。
「トイレ行くふりして、さっき上の階を覗いてみたんスが、タンクさんの言うとおり、エラい厳重な警備でしたよ」
「忍び込むなんてお茶目なことはできんなぁ」
 そのときだった。激しい振動が部屋を揺らした。
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