− 第139回 −
第六章 光の河III 41
 車を降りると三人は背を低くして街宣カーに近寄った。井沢先生がドアを開けようとすると、
「やっぱりキーがかかってる。どうしましょう。ガラス割る?」
 今日の先生はなんだか過激だ。
「キーがないとエンジンかけられないよ」
「あ、そうね」
 先生はペロッと舌を出した。そのとき、後ろで見ていた祖父ちゃんが咳払いを一つすると、前に進み出た。
「ちょっといいかな」
 そう言うと、どこで手に入れたのか、持っている針金を奇妙な形に折り曲げて、わずかに開いていた窓ガラスの隙間から差し込んだ。先端がガラスとドアの間に吸い込まれる。祖父ちゃんは聞き耳を立てながら針金をゆっくりと上下左右に動かした。
 カチッ。その音ははっきりと聞き取れた。
「開いたよ」
 ドアノブを引くと確かに開く。
「すっごーい。お祖父さま。天才」
「そりゃそうだよ。祖父ちゃんは工業高校の先生だったんだもん」
「そっかー。実践的な授業もされてたんですね」
「アホな! ……こんなこと教えたりはせん」
 年輩の先生が若い先生をたしなめる図だ。言葉が標準語に戻っている。
 祖父ちゃんは運転席の下に屈み込んで「泥を喰らわ〜ば皿ま〜で〜よ」などと浪曲口調でブツブツ言いながら、しばらく配線をいじっていた。何してるんだろうとタケルが覗き込むと、いきなりエンジンがかかった。先生が手を叩いた。
「スゴすぎー」
「感心されるようなことではない」
「早く行こうよ。見つからないうちに」
 三人は乗り込み、車を発進させた。先生の車は駐車場に置いていくことにした。
 街宣カーはワンボックスカーだ。祖父ちゃんが運転し、井沢先生は助手席に乗り込んで拡声装置のスイッチを触っている。タケルは後部座席からふたりに指示を出した。
「最初にいた目抜き通りまで戻って!」
「了解。──先生、その機械の使い方は分かりそうですか?」
「大丈夫です。昔、バイトでウグイス嬢やったことがあるんです」
「そりゃあいい。一発デカい声で頼みますぞ」
「エッ──私がやるんですか?」
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