− 第138回 −
第六章 光の河III 40
「タケル!」
「祖父ちゃん!」
 ふたりは互いに駆け寄り、ひしと抱き合った。祖父ちゃんは着慣れたライトグレーの作業服姿だ。服から実家のにおいがする。すぐ隣には空色のサマーセーターにジーンズという普段お目にかかれない軽装の井沢美代子先生がいた。
「大和くん、無事でよかったわ」
「先生、わざわざ来てくださって──」
「独身だからね、ヒマなのよ……」
 先生は涙ぐんでいた。タケルはじーんとした。
 待ち合わせた小学校はすでに定時を過ぎて校門が閉められていた。先生の赤い車は校門のすぐ前に止めてあった。
 タケルは、ふたりの矢継ぎ早の質問を制止して、これまでの経緯を手短に説明した。しかし危険が迫っているという話には、ふたりともなかなか二の句が継げないようだった。
「山が崩れるですって?」
 先生の驚きにタケルはうなずいた。
「町が飲み込まれるっちゅーんかいな。こらエラいこっちゃで……。まず警察か消防署に」
「ダメ、ここの警察は当てにならないよ。それに今にも崩れ始めるかもしれないんだ。テレビか何かで緊急放送するくらいじゃないと」
「そうは言うてもなあ、それこそ一庶民の我々の言葉を信じてくれるとは思えんし」
 タケルは自分の膝をパチンと叩いた。ひらめくものがあったのだ。
「先生、祖父ちゃん、車に乗って!}
「ど、どうするの? 大和くん」
「あとで説明します。ぼくの家があった場所に行ってください」
 三人は車に乗り込み、発進した。
「でも、あっこは到着してすぐタケル捜して行ってみたんやけど、もう家あらへんねんで」
 タケルは夜の道をナビゲートしながら、自分のアイデアを話した。予想どおり祖父ちゃんは難色を示したが、先生は“一刻を争う時だからいいんじゃないかな”と言った。

 スーパーハタノはまだ営業中だった。駐車場に車を滑り込ませると、三人は暗闇を透かし見た。狙いは当たった。街宣カーが一台止まっている。選挙事務所は灯も消えて静まりかえっており、辺りに人気はない。みんなパーティーで出払っているらしい。タケルの作戦はこの街宣カーを使わせてもらおうというのだ。しかも無断で。
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