− 第137回 −
第六章 光の河III 39
 駐車場奥に止まった車から男がひとり、息せき切って走ってきた。
「いまここにいた子供はどこに?」
「へ? 子供ー?」
 チクワ氏が間延びした声で応える。
「どっか、その辺にいるんじゃないのー」
 男はあわてて通用門の外に飛び出したが、すでに影も形もなかった。
「タンクさーん。どうしたんっスかぁ?」
 大きなカメラケースを抱えたホーダイが、よたよたと近づいてきた。
「いや、タケル君かと思ったんだが……」
「急がないとパーティー始まっちゃうスよ」
「──そうだな」
 タンクは踵(きびす)を返した。

 波多野御殿の立つ台地から全速力で駆け下りてきたタケルは、街角の電柱に背をもたせかけ、呼吸を整えようとした。あらためて御殿の背後に連なる山々に眼を走らせてみる。夕陽の残光が山々を染める色は危険信号の赤だ。耳を澄ますとかすかに地鳴りの音が聞こえるような気がする。急がないと博士が危ない。いや、それだけでなく──。
 タケルは眼を転じた。町並みの大半は夕闇に沈み、店や家の中は電灯がともっている。
 街角では、上着を抱えて汗だくのサラリーマンが家路を急いでいる。部活を終えた中学生たちがゲーセンで遊んでいる。共働きなのか、ほか弁の袋を自転車の前カゴに山積みしたお母さんが駆け抜けていく。あちこちから賑やかな音が、美味しそうなにおいが流れてくる。
 この町に、崩れた山から大きな岩が転がってきたら、土石流が押し寄せたら……その先は想像したくない光景だ。タケルは頭を掻きむしった。
 どうやってみんなに知らせる?
 タケルのすぐ前を、女子高生が携帯で楽しそうに話しながら通り過ぎた。
 あっ。どうして思い出さなかったんだ!
 タケルはポケットから携帯を取りだした。当然、電波状態は良好だ。すぐさま電話をかけた。
 プルルルル。ピッ。
『もしもし、タケルか?』
「祖父ちゃん! どこにいるの?」
『わしか……えーっと、いま駅前から国道を北に向こて走っとる。先生の車や』
 それなら近い。
「じゃあね、ぼくの通ってた小学校に来て!」
 タケルは最後の力を振り絞って駆け出した。
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