− 第136回 −
第六章 光の河III 38
「はえ?」とチクワ氏。
 制服ふたりに注目されてタケルは再び緊張した。
「坊主、まだいたかー。危ないからよそで遊べ」
 チクワ氏はタケルが言ったことなどすっかり忘れてしまったらしい。タケルは今度はもうひとりのビール氏に話しかけた。
「ここは危ないんです。山が崩れようとしてます。みんなを避難させてください」
 しかしビール氏はドングリ眼(まなこ)を大きく見開き、タケルを上から下まで眺め回していたと思ったら、突然ぷっと吹き出した。
「ははは、おい少年、何だその服装は。あちこちすり切れてボロボロじゃないか。山遊びもいいが、そんな格好で歩き回ったらお巡りさんに捕まっちまうぞ」
 てんで聞いてない。
「本当なんです。ぼくは山崩れに襲われて──」
「ハイハイ分かりましたっ。一体全体誰がそんなことを少年に吹き込んだんだい?」
 タケルはまなじりを決したが、すぐには答えられなかった。
「……博士です」
「ナニ博士?」
「……新出博士」
「ニイデ? おいお前知ってるか?」
 チクワ氏に振る。
「いや知らな……んー、そういやーそんな名前の博士ってのがいたっけー。動物の着ぐるみ着て、夜な夜な町の中を歩き回るとかいう。ケケケーなんて妙な声を張り上げてー」
「違います!」
 タケルは腹が立ってきた。しかしビール氏は、ニヤついた顔でビールをテーブルに置きながら、
「じゃあ、その博士を連れてきなよ。なんで子供を使いに──」
 そのとき別の車が入ってきたため、ふたりはその場を離れた。タケルは辛抱強く待っていた。しかし戻ってくるとビール氏は言い放った。
「まだいたのか少年。今日はな、県議候補のパーティーのお客様相手で忙しいんだ。変なこと言ってパーティーに支障をきたしたらオレたちが怒られらあ。さあ、もうお家に帰れ帰れ!」
 そう告げると、ふたりはビールのフタを開け、チクワをつつき始めた。
 タケルはあきらめて外に出た。悔し涙が出た。
 ふと妙な音が聞こえた。裏の屏風岩を見上げると、はるか上の方から小さな岩が転がり落ちてきた。いくつも、カラコロカラコロと。
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