− 第135回 −
第六章 光の河III 37
 もぐもぐと美味しそうにアゴを動かし、飲み込むとまた皿に手を伸ばす。今度もチクワだ。タケルはそれを門の陰からじーっと見つめていた。
「ん……? なんだー、坊主」
 チクワ氏は二十代後半だろうか、タケルに気づいた。タケルは見つかったのを幸い、おずおずと前に出ていった。
「こんなとこで何してんだー?」
 タケルはチクワ氏の面前に立った。そして大きく息を吸い込むと一気にしゃべった。
「ここは危ないですよ。山が崩れてきます。早くみんなに逃げるよう伝えてください」
「へ?」
 チクワ氏は爪楊枝を持った手を止めて、タケルの顔を斜交いに覗き込んだ。タケルがそののんびりした態度に苛立ち、さらに言葉を継ぎ足そうとしたとき、背後でブッブーと警笛が鳴った。驚いて振り返ると黒塗りのタクシーがタケルのすぐそばで停車した。後部座席が開き、降りてきた人物を見てタケルはさらに驚いた。新幹線で出会った、アノ苦手なおばさんだったのだ。
「ちょっと、アナタ」
 おばさんはチクワ氏にてきぱきと話しかけた。
「こんなところで子供を遊ばせないでちょうだい。危ないでしょ!」
 そう捲(まく)し立てるとハンドバッグを振りながら、てきぱきと自動ドアをくぐり抜けて建物内に消えた。タケルの顔には眼もくれなかった。
「……はぇー、なんとまあ、けたたましい……」
 チクワ氏はぽかんと口を開いたまま、おばさんを見送った。タケルも突然のおばさん登場には心臓が口から飛び出るかと思った。
 自動ドアが再び開いて、やはり制服を着たチクワ氏と同年輩の男性が、両手に缶ビールを持って出てきた。しきりに後ろを振り返っている。
「……おい、久々に見たよ」
「見たって、あのおばさんかー?」
「そうよ。ただのおばさんじゃないぜ。かつては米沢にその人ありと云われた女傑、波多野みすず様だ」
「波多野……ってーことはー」
「現当主波多野守の実の姉よ。今日のパーティーに関西から馳せ参じたってわけさ。もっとも姉弟の仲はあんまり良くないらしくて、帰省してもここ数日は分家のほうに滞在してるらしいがな」
 チクワ氏と違って口がよく回る。彼はテーブルにビールを置くとようやくタケルに気づいた。
「その子供は何だ?」
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