![]() − 第133回 − 第六章 光の河III 35 |
山の中はひどく暗かった。梢が見えないほど天高く聳える木々の群れがタケルを威嚇した。青々と繁る葉が幾重にも重なって、その奥に舌なめずりする怪物を潜ませていた。さらに下草が足に絡みついてタケルの体力を少しずつ奪っていった。初めは恐怖に打ち克つために歌など口ずさんでいたが、疲れが感覚を麻痺させ、暗がりにも眼が慣れると、怖いという感覚がいつしか消えていた。 携帯電話は相変わらず『圏外』のままだ。時計表示が無情にもタケルを急き立てる。 ──そして午後六時をまわった頃。 タケルはとうとう道に迷ってしまった。 もともと道などなかったものの、斜面を低いほうへ低いほうへ、夕映えの空を見上げながら太陽の沈むほうへと歩いてきた。 しかし今タケルは複雑な起伏を持つ森の深みにはまり込んでいた。空は木々によって覆われ、ほとんど見ることができない。 次の一歩を出す方向が分からず、タケルは途方に暮れてしまった。どちらに眼をやっても同じに見えるのだ。このままでは明るいうちに下山するどころか、タケル自身も遭難してしまう。博士を救い出すことができなくなってしまう。 タケルをいま動かしているのは“博士の救出”、この一点に尽きた。それには是が非でも明るいうちに救援隊を呼んでくる必要がある。 ──でもこのままじゃ……。 タケルは地べたに座り込んだ。膝が痛んだ。ポケットから取り出したハンカチはすでに真っ黒だ。それでも汗をぬぐうと、大きく深呼吸した。 ──とにかく方向が分からなければ、どうにもならない。たしか木の年輪を調べれば……。 しかし見渡すどこにも、役に立ちそうな切り株はない。木を切る道具もないし。八方塞がり。 タケルは大の字に寝ころんだ。あわてるな、何か手段があるはずだと自分に言い聞かせながら。 その眼の前、いや頭の上を、ぼうっとした光が横切った。びっくりして起きあがった顔のそばを今度はいくつもの光がふわりと通り過ぎる。 蛍だ──。 無数の蛍が尻から光を放ちながら飛んでいる。 暗がりを背景に弧を描きながら飛ぶ様子は、いつか見た流星群を連想させた。それはメルヘンでありファンタジーの世界だった。 彼らはみな一様に同じ方向を目指して飛んでいく。タケルは彼らについていこうと決心した。 ──“光の河”だ。 タケルは確信した。 |
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