− 第130回 −
第六章 光の河III 32
 タケルの脳裏によみがえったのは、猿人たちと共に渡った湖で、急流に飲まれた光景だった。
「見なさい、あちらを」
 博士が指し示す方向。そこだけ池の端に森がなく、ぽっかりと空が見えている。
「あそこからもう崩れ始めている」
 言いかけた先から、ズズズという音が響き、数メートルの森が向こう側に倒れ、消えた。
「ここは危ない。急ごう」
「ハイッ」
 ふたりはあわてて土手に取り付いた。しかし傷を負っている博士にはキツイらしく、思うように登ることができない。しかたなくふたりは池の縁を歩いて、登れる場所を探そうとした。
 だが、すでに遅かった。
 ガクンと地面が揺れたかと思うと、水面が突然動いた。同時にタケルと博士の足元がぱっくりと割れ、足を取られた。ああっと喚きながら眼にしたものは、倒れていく木々、砂で作った堤防のように崩れる土手、割れ目に流れ込む水、しまいにはすべての光景が横になり、回転し、ごちゃまぜになった。ふたりは奈落の底に落ちていった。

「……タ……ケ……ル」
 眼を開けたタケルは激しく咳き込んだ。口の中が砂だらけだった。起きあがろうと手足に力を入れた時、初めて体が砂の中に埋まっていることに気がついた。
「……タ……ケ……ル」
 かすれた声が呼んでいる。
「博士! どこですか?」
 タケルはもがいた。幸いかぶった砂の量は少なく、すぐに地表に出ることができた。怪我はしなかったようだ。
「……タ……ケ」
 博士の姿は十メートルほど離れた場所にあった。周囲には大きな岩がごろごろと転がっている。
「は、博士!」
 にじり寄るタケルの眼に映ったのは、息も絶え絶えに横たわる博士の姿だった。
「タケル……よかった、無事で……」
「起きられますか?」
「……いや……肋骨が何本かイカれたようだ。足も動かせん……」
「そ、そんな──」
「タケル……聞きなさい、ここからは……ひとりで行くんだ……そして……町の人間に伝えるんだ……一刻も早く……避難するよう……」
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