− 第128回 −
第六章 光の河III 30
 タケルが駆け寄ると、博士は引き抜いたナイフを捨て、レインコートとトレーナー、そして血の付いたTシャツを脱いでいた。
 出血は大したことはなかったが、ナイフが突き立ったぐらいだ、傷は浅くない。負傷箇所は左肩胛骨の下あたり。左腕を回そうと体をひねった博士の顔が苦痛にゆがんだ。
「大丈夫?」
 訊ねたのはタケルではない、サユリだった。
「ああ……歩けないことはなさそうだ」
 博士はTシャツを裂くと、傷口をカバーするように体に巻き付けて結んだ。タケルは博士の顔や首筋を流れ落ちる脂汗が気になった。
「サユリくん……か。君にはまた助けられたな」
「あら──いいのよ」
 ガチャーン。ガラスの激しく割れる音がした。測候所の窓だ。閉じこめられた連中がようやくだまされたことに気づいたのだろう、割って出てこようとしているのだ。しかし窓枠には金網が張ってあるため、すぐには出られまい。しかし破られるのも時間の問題だ。
「さ、急ぐのよ」
 サユリはふたりを促した。
「博士、立てる?」
 タケルは博士の右側から肩を貸して、立ち上がるのを手助けした。
「す、すまんな、なんとかいけそうだ」
 博士はタケルに支えられてゆっくり歩き出した。
「ここでお別れね」
 タケルは驚いて振り向いた。サユリはにっこりと手を振って測候所に向かっていく。
「サユリさん!」
「時間稼ぎするわ。できるだけ遠くに逃げなさい。ただし道路には絶対出ないこと。奴らはバイクだからすぐ見つかっちゃうからね。──また会いましょう!」
 そう言い残すと、彼は振り向かずに駆けだした。

 タケルくん。あなたと出会えて良かったわ。
 あなたの体をナイフが掠め、血が飛び散った時、「痛い」と感じた。こんなに痛みを感じたことはなかった。すごく息苦しかったわ。あなたのような可愛い少年が傷つくの、これまでのアタイなら狂喜した見てたはずなのに。
 アタイはようやく気づいた。美しいか醜いかにこだわるのは結局同じこと。プラスとマイナスが違うだけ。要は、自分にとって大切かどうか。
 タケルくん、アタイはあなたを守ってあげる!
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