− 第127回 −
第六章 光の河III 29
 ああーーーっ。
 タケルの口から抑揚のない悲鳴がほとばしった。倒れた博士の背中に刺さったナイフは鈍い光を放ち、できたばかりの墓標のように屹立していた。
 タケルは博士の元へと一散に駆けた。まるで宙を飛んでいるような気持ちがした。ここまでがんばってきたのに、これで博士がどうにかなったらいやだ。いやだ、いやだ!!
 眼の隅で何かがきらめいた。と思う間もなく、タケルが足を滑らせるのと、頬を鋭いものが飛び過ぎるのとが同時だった。切り裂かれた耳朶(みみたぶ)から赤いものがバッと飛び散った。
 勢いのままタケルの体は草むらを転がり、木に激突して止まった。背中のリュックがクッションの役を果たし、怪我はなかったが、眼と鼻の先の地面に突き刺さったナイフを見てゾッとした。
 ムネオだ! ムネオが自分たちを狙ってる!
 タケルはあわてて立ち上がろうとした。しかし戦車のように草むらを蹴立ててきたサユリによって抱きかかえられ、再び地面を転がった。
「ダメよ! 立ち上がっちゃ奴の思うつぼよ!」
 サユリは素早くあたりに眼を配った。
 林の中はひっそりと静まりかえり、木々の葉がその奥を隠している。タケルは頭上に眼をやった。もし木の上から狙われたらひとたまりもない。
「大丈夫、奴は恐がり屋。木になんか登れない」
 タケルの心配を言い当ててサユリは言い、タケルを抱えたまま、そばの大きな岩を背にして立て膝をついた。
 博士の様子をうかがうと、背中に手を回して肩口のナイフを抜き取ろうとしている。命に別状はなさそうだ。
 ひとまずホッとした瞬間、タケルの眼は、林の中にキラリと光ったものを見逃さなかった。
「あそこ!」
 タケルが小声で叫ぶのとサユリが振り向いて、手にした石を投げるのとは、ほとんど時間差がなかった。
「ぐふぁっ」
 当たった! サユリは岩を蹴って跳躍すると、林の中に飛び込んでいった。しばらく格闘する音やムネオの怒号が聞こえていたが、やがて静まり、サユリがムネオを肩にかついで出てきた。
「タケルくん、アンタって眼がいいのね」
 サユリはニヤリと笑うとムネオを地面におろし、腰のベルトを引き抜いて縛り上げた。
 刃物を人間めがけて投げつけるなんて…あらためてタケルの背筋を冷たいものが走った。
←次回  トップ  前回→