− 第126回 −
第六章 光の河III 28
 博士は無言でサユリに扉の鍵を渡した。サユリはウインクすると、言葉をかけようとするタケルにかまわず、扉を開けた。
 雨は小降りになったものの、空は暗いままだ。
 サユリは手びさしで雨を除けながら表に飛び出すと、喉が裂けんばかりの大声で、
「みんなー!! あいつらはやっつけたわよー!!
キョウスケが大変なのー!! 早く来てー!!」
 そう叫びながら大きく手招きした。
 博士とタケルは扉の脇のロッカーの陰に身を潜めた。タケルの心臓の鼓動が背中越しに博士に伝わってくる。こうなったら運を天に、じゃなくサユリにまかせて勝負するしかない。ふたりは腰を屈めて、いつでもダッシュできる体勢を整えた。
 やがて連中がぞろぞろと集まってきたようだ。何人かがおそるおそる部屋の中を覗こうとしている。ふたりはさらに身を縮めた。
「みんな集まった? ちょっとこっちへ来てちょうだい。キョウスケがね──」
 サユリは言葉巧みに仲間を部屋の奥へ誘導していく。ぞろぞろと入ってきたのは、いかにも高校生といった感じの連中だ。中には一年生なのか幼い顔も見える。ずっと森のどこかに隠れていたせいで、レインコートの下もずぶ濡れだ。
 サユリに従う連中の流れが切れたとき、博士が「今だ!」とささやいた。タケルはほとんど四つ足に近い状態で扉を抜けて表に出た。博士も後を追い、ふたりは同時に外壁に張り付いた。
 そのまま抜き足差し足で壁を端っこまで進む。どうやら連中は全員中に入ったようだ。
「わしに付いて来なさい」
 そう言うと博士は脱兎のごとく駆けだした。もちろんタケルも付き従った。とにかく近くの藪に姿を隠さねば。タケルは怖くて後ろを振り返ることができなかった。いつ連中がだまされたことに気づくか。ここが運命の分かれ目だ。
 ふとタケルはサユリの顔を思い浮かべた。
 彼は無事にあの場を切り抜けられるだろうか。そこに思い至るとタケルの足に制動がかかった。
 振り向けばちょうどサユリが後ろ向きにソロソロと出てくるところだった。そして静かに扉を閉めると急いで鍵を掛けた。
 やった。閉じ込め作戦成功だ。
「博士! うまくいったよ!」
 ぼくは大声で叫んだ。博士も足を止めてこちらを振り返った。
 と、博士がウッと声をあげて草むらの中に倒れた。背中にナイフが突き立っている。
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