− 第125回 −
第六章 光の河III 27
 すうっと前に伸びたのは、タケルの手。
 ハッと身構えたのはサユリ。
 ──どうしてアタイがこんな子供にビクつかなきゃいけないの!?
 しかし、サユリはタケルの眼に抗しがたい力を感じていた。
 ──でも、この子の言うように、本当にいつかどこかで会ったことがあるのかも知れないわ。
 我知らず、サユリも腕を伸ばしてタケルの手を握ろうとした。
「おーい、サユリ」
 夢を破ったのは、縛られて床に転がされたままのキョウスケだった。
「眼が覚めたのなら、こっち来て助けてくれよ。さっきは済まなかった、謝る。おまえの言うとおりオレは見返りを要求した。百万が手に入る予定なんだ。お前にも半分やるよ。五十万と五十万だ。なんならもっと親父を叩いてもいい。あと二十万は上乗せできると思うぜ──」
 サユリはタケルに伸ばしかけた手を引っ込めた。そしてのっそりと部屋を横切ると、キョウスケの頭元に立ち、彼を見下ろした。
「よお、サユリ。早いとこ紐を解いてくれ」
 まるで軽口を叩くような口調でしゃべるキョウスケを無視して、サユリはテーブルに手をやった。
「このタオル、もらってもいい?」
 話しかけた相手は博士だった。
「ああ……」
 博士は肯定とも呻き声とも判別のつかない返答をした。サユリの取り上げたタオルは、博士がここにたどり着くまで首に巻いていたものだ。雨と汗でひどく汚れている。サユリはそれを持つと、キョウスケの顔の上にかがみ込んだ。
「来てくれたなあ。これ解いて──ンンン」
 サユリはタオルでキョウスケの口をふさぎ、頭の後ろで縛った。猿ぐつわだ。
「これで静かになった。さて次はあなたたちね」
 わずかの間に博士はタケルの元に移動していた。
 サユリは再び戦闘態勢を取る博士に取り合わず、扉に近づくと外の気配に耳を澄ました。やがて片手でチョイチョイとタケルを呼んだ。タケルがサユリに近づいていくので、放っておけず博士も付いていく。
「外には十人ほどいるわ。アタイが彼らを中に呼び込むから、頃合いを見はからって逃げなさい」
 さらにサユリは付け加えた。
「ただし、ムネオには気をつけなさい。臆病者だけに武器持ってるからね。奴はナイフの達人よ」
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