− 第123回 −
第六章 光の河III 25
 綺麗に着飾ったカオルが夢見るような眼をして、透きとおる歌声を聞かせてくれたりすると、もう天国にいる気分。アタイは彼に傅(かしず)く忠実な天使。
 いつしか、自分はカオルの弟だと思い込むようになっていた。カオルに似た容姿を持ち、カオルのような優美さで小首を傾げ、歩き、微笑む。言葉遣いもカオルの女言葉をそのまま真似た。でも恥ずかしい話、彼が盲目だと知ったのはずっと後になってからのこと。
 カオルは学校に通わず、家庭教師に勉強を習っていた。彼とは互いの家以外で会うことはなかった。だからアタイにとってカオルは外界の汚れた世界とは無縁の美の化身として存在しつづけた。そのカオルが両親の仕事でアメリカに去ったときには、何日も泣いたものよ。
 アタイは中学生になって、服装は男性の制服を着ていたものの、女言葉はすっかり定着していた。でもアタイを恐れて、誰も意見したり、からかったりしなかった。友達すらできないアタイは孤独だった。なぜなら仲睦まじかったはずの両親は小学六年の時に離婚し、アタイは当初父親に引き取られたものの、その父は女を作って失踪、母親は行方不明というありさまだった。
 そんな時だった、カオルと再会したのは。
 電話の向こうで元気なカオルの声が、日本に戻ってきたんだ、サユリに会いたいと言ってくれた。アメリカで眼の手術を受けて見えるようになったんだという。アタイはおめでとうと言い、彼の指定した待ち合わせ場所にすっ飛んで行った。それが夢の終わりになるとも知らずに。
 久しぶりに見たカオルは見違えるほど立派な大人に変身していた。垂らした前髪の下には、子供の頃の美しさにプラスして妖艶さをたたえた顔があり、アタイはその瞬間、恋に落ちたと思った。
 そしてカオルの眼の焦点がアタイの上で合ったとき、その恋が終わったことを知った。
 カオルの顔に浮かんだ、嗤いとも困惑ともつかない表情。アタイは呼びかけた後につづく言葉を飲み込むしかなかった。

 酒やタバコに走ったのはそれから。町に出て誰彼かまわず喧嘩をふっかけては暴れる毎日だった。自宅の部屋にはたくさんの鏡を持ち込み、自分の姿が三百六十度どこからでも見られるようにした。どうすれば相手を怖がらせることができるのか、そればかり考えていた。服だって黒のジャンパー、黒のパンツ、黒のサングラスでキメた。そんなアタイがキョウスケと出会うのは時間の問題だった。
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