![]() − 第122回 − 第六章 光の河III 24 |
サユリは狐につままれた面持ちでタケルを見た。 殴られた頭はまだじんじんと痛むし、昏倒した時に打ちつけた額はうっすらと血が滲んでいる。頭の中もまだ夢うつつの気分。 そんな焦点の定まらないアタイの眼の前に、この子、タケルくんがいきなり「ありがとう」と礼を述べてきた。どういうわけ? でも「ありがとう」ってすてきな響きね。考えてみれば長いこと耳にしてないし、口にしたこともない。だいいち子供の笑顔をこんな間近で見るのって久々。そう、従兄のカオルを除いて──。 アタイの言葉遣いを聞いて、たいていの人は、お姉さんばっかりの家の末っ子なんだろうと訊く。残念、違うわ。アタイはひとりっ子だったの。 アタイはごく普通の中流家庭に生まれ、普通の環境で育った普通の男の子。でも普通じゃなかったのは、この顔と体格。アタイを見た子供はたいてい表情を強張らせ、なかには泣きじゃくる子もいる始末。あやそうとしたら一一○番通報した親もいたわね……。 そんなアタイも生まれたときは無類に可愛かったらしい。あんまり可愛いので両親がファンだった吉永小百合にあやかって命名されてしまった。 ひとりっ子だったこともあって、アタイは蝶よ花よと大切に育てられた。小百合の映画をよく観せられて、アタイも自分がこんな綺麗な存在なんだと信じて疑わなかった。家の中に鏡が一枚もないことを不思議と思わずに。 幼稚園に上がって初めて同い年齢の子らといっしょになったとき、ようやく真相を知った。誰もアタイに近寄らないし、先生でさえ引きつった笑顔。そこで初めて鏡というものを見たんだった。映ったのは吉永小百合じゃなかった。今でいうボブ・サップをもっと憎々しげにした顔つき、幼稚園児とは思えない体格。アタイは見たものを否定した。その日から一切、鏡を覗かなくなった。 育つにつれ変貌していくアタイに、それでも両親は変わらず可愛がってくれた。当時のアタイにとって両親の愛は間違いなく一方の支えだった。 もうひとり支えてくれた人、それがカオル。 カオルはアタイより二つ年上の男の子。近所に住む裕福な親戚の子で、よくいっしょに遊んだわ。カオルはもう正真正銘、掛け値なしの美少年だった。アタイは彼の顔を眺めてはポーッとしたものよ。切れ長の目、長い睫毛、ツンとしてカッコいい鼻。彼の母親は面白がってよく女の子の服を着せていた。彼もわざと女言葉を使ったりしてたわ。 |
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