− 第120回 −
第六章 光の河III 22
「様子をうかがっておるのかな。電気を消して良かったよ」
 博士がタケルの頭越しに外を見て言った。そして踵を返そうとしたとき、ツツツと顔をしかめた。
「大丈夫ですか」
「ああ、大したことはない。昔はあれぐらい暴行を受けても平気で相手してたんだけどな」
 しかし胸の辺りをさすっているところを見ると骨にヒビぐらい入っているのかも知れない。服装は整え直したものの、あちこちが裂けているし、血がこびり付いてもいる。そのまま町に出たら間違いなく不審人物の扱いを受けるだろう。
「さあ、リュックを背負いなさい。こうなったら正面から一点突破だ」
 ふたりは扉に向かおうとしたが、そこで足を止めた。なぜなら気絶していたはずのサユリがむっくりと体を起こしていたから。
 サユリが鋭い視線をよこす。博士は身構えた。
 しかしふたりの間にタケルが手を差し出した。
「待って」
 タケルはとことことテーブルを回ってサユリに近づいた。
「お、おい、タケル」
 タケルはサユリの真正面から、その鼻毛が覗き込めるほどの距離まで近寄った。そのときまた稲妻が光り、サユリのむくつけき容貌や、凹凸の激しい筋肉の固まりである手足を真横から浮き上がらせた。泣く子も黙るどころか、泣いたことのない子でも悲鳴を上げそうな姿である。
 タケルはそこで、深々とお辞儀をした。
「サユリさんありがとう。さっきは博士を助けてくださって」
 サユリの眼は大きく見開かれた。
「あなたは悪い人じゃありません。ぼくにはそれがよく分かります。いいえ──」
 そこでタケルは言い淀んだ。しかし思い切って話をつづけた。
「いいえ、ぼくはあなたがいい人だってことを以前から、昔から知っています。
 ──あなたはお忘れだと思いますが、ぼくとあなたは、はるか大昔に出会っているのです。その時もあなたはぼくを助けてくれたし、ぼくも少しはあなたの役に立ったと思います。
 ──これから博士とぼくは、この建物を出て逃げます。外にはぼくたちを捕まえようと待ち構えている人たちがいます。どうかお願いです。ぼくたちを助けてください」
 タケルは再び、ぺこりと頭を下げた。
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