− 第119回 −
第六章 光の河III 21
 タケルは言われる前に扉に駆け寄り、内鍵を掛けた。振り返るとテーブルの足元にサユリが倒れたままだ。怪我の具合はどうなのだろう。
「タケル、荷物をまとめてくれ」
 キョウスケの両足を縛りながら博士が呼んだ。タケルはサユリを気にしつつ、散乱している博士と自分の荷物をそれぞれの鞄に放り込み始めた。
「てめえ! このままで済むと思うな」
 身動きもならず、床の上に放り出されたキョウスケは、それでも強がりを止めない。博士はそれを無視してタケルのそばに来た。
「……ねえ博士」
「ん?」
「どうやって手錠をはずしたの?」
「あれか──。指の関節をはずしたんだよ」
「そんなことができるの!?」
「ああ、基本中の基本だ。もっとも、はずしてる動作が敵にバレないよう注意しないといかんが。こいつらを怒らせて、殴ったり蹴ったりさせながら、裏でこっそりやっとった。まあ奴らの本音も聞き出せたし、一石二鳥だわな。はっはっは」
 いったい何の基本なのか? 今日は博士の見たことのない面ばかり、遭遇している。
「……ヨウヘイってナニ?」
「お金もらって戦場で働くプロの兵隊のことだ」
「博士はその学校で関節はずしも学んだの?」
「ははは、ウソだよ。わしはそんなとこ行ったりしとらん」
 博士は笑い飛ばすが、若い頃は世界中を放浪した猛者だ。タケルには信用できない。
「ちょっと待っててくれ」
 博士は地下室へ下りていった。やがて発電機の音は切れ、部屋の蛍光灯も消えた。階段を上ってきた博士は数個のDATテープを持っていた。博士は黙ってウインクした。タケルも合点した。なるほど食料棚にいっしょに置いてあったわけだ。
「奴らはこんなものに血眼になっとったとは……。わしもまだ聴いとらんが、ひょっとすると貴重な証拠物件になるかも知れんな」
 そうつぶやくと自分の鞄にポイと投げ込んだ。
「さて、ここからどうやって逃げるか……。おそらくさっき逃げた奴は、付近に隠れて見張っていた手下どもを集めて、また襲撃して来よう」
 博士は屈んで棚の下から銃を拾い上げた。そして慣れた手付きで銃倉をはずすと、銃弾をすべて鞄の中に落とした。
 タケルが窓ガラスに掛けられた金網越しに外を見ると、数人の黒い影が横切るのが見えた。
←次回  トップ  前回→