− 第118回 −
第六章 光の河III 20
 ムネオの抜け目のなさ、油断のならなさは絶品だ。キョウスケが取り上げてテーブルの下に転がしておいた棍棒をいつの間にやら手中に取り戻していたのだ。おそらく彼はチームの中でもそんな役回りを得意としているのだろう。そして味方さえも躊躇なく屠(ほふ)る……。タケルは呆れかえるというより、テレビのヒーローものに登場する悪者とは異質の陰湿さに戦慄を覚えた。
 サユリは脳震盪を起こしたらしく、頭を両手で抱え込んだまま床に伸びてしまった。
 キョウスケがほくそ笑んでいる。
「よし。そこのロープで後ろ手に縛っちまえ」
 手錠はひとつしかなかったのだろう。テーブルには博士の荷物がひっくり返されている。中身を調べられたのだ。その中に持ってきたロープがあり、キョウスケはそれを手の拳銃で指し示した。
 一瞬の隙があった。
 博士は両肩で壁を押し、バネ仕掛けのように立ち上がると、何かをキョウスケ目がけて投げた。
 キラッと銀色に光って見えた物は、狙いを誤らず、キョウスケの眉間を直撃した。
 それは博士にはめられていた手錠だった。
 キョウスケは完全に不意を突かれた。
 額を押さえて体勢を崩したキョウスケに、博士は間髪入れず飛びかかった。ふたりはもつれるようにして倒れ、それでも博士の狙いは最初から銃にあったらしく、すぐさま手刀でキョウスケの右手首を払った。銃はゴトンという重たい音をたてて床に落ち、それを博士は左足で蹴り飛ばした。銃はざらつく床面をゴリゴリといやな音を立てて滑り、壁際の棚の下に吸い込まれた。
「イデデデデデ」
 後ろ向きに首筋に乗っかかった博士によって、キョウスケの両手は鳥の羽のようにねじ上げられていた。ここまでの動きはわずか五秒。博士のまるで計算されたような動きにタケルは驚嘆した。
「タケル、ロープ!」
 弾かれたようにタケルはテーブルのロープに飛びつき、そのままテーブルの上を転がって博士のそばに着地した。博士は受け取ったロープを片手で広げ、キョウスケの両手首をぐるぐると縛り上げる。その間も博士の目は、テーブルの向こう側で棒立ちになっているムネオから逸らさない。
「傭兵学校で鍛えられたわしに敵うわけなかろうが!」
 耳をつんざく博士の大声に、ムネオは尻餅をついた。そのまま後ずさりして扉を開くと、後も見ずに、雨の中をあたふたと逃げていった。
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