− 第113回 −
第六章 光の河III 15
 みんながそれぞれの思惑を胸に、キョウスケの話を聞いていた。タケルも謎が明かされつつあることを直感し、固唾を飲んで耳を傾けていた。
「その親父が泣きついてきやがったんだよ。たまたま家に寄ったときだ。親父の奴がオレの部屋に足を踏み入れたのは何年ぶりだか。それでこう言うのよ、『わたしを助けてくれ』だって。笑っちまったよ実際の話。いつも小言しか言わない口が、助けてくれ、だぜ。聞くつもりはなかったが向こうが勝手にしゃべり出しやがった。
『ダム建設工事に関する詳細なやりとりを、新出という研究者に立ち聞きされ、悪いことに録音までされてしまった。そこには工事に関わる重要な機密事項が含まれていて、公表されると工事がまた何年も先延ばしになる恐れがある。これ以上、計画が遅れると銀行も多大な損害を被ることになるんだ。かと言って正面から求めても、あの偏屈研究者のことだから、どういう態度に出るか分からない。すまないがおまえの力でなんとか奪い返してはくれないか』
 そう頼んできたわけよ」
 一気呵成にしゃべると、肩をそびやかして天井を仰いだ。あくまで超然とした態度を崩さない。
「オレはそれでも耳を貸すつもりはなかった。銀行が潰れるならそれも面白えってなもんでな。
 ところが親父の奴、こう付け加えやがった。
『ダムが完成すると、その横を山に沿ってドライブウェイができる。バイクでツーリングするには絶好のワインディングロードだ』
 さすがにバイク好きとしては聞き捨てならねえじゃねえか。さらに奴はこう言うのよ。
『近々、暴走族の一斉取り締まりが行われる。今度はかなり厳しいらしい。ムネオ君の父君とは昵懇の間柄だから、情報は逐一おまえに流すことができる』
 そこでオレは考えた。これは権力におもねるのとは違う。あくまで“取り引き”だ、とな」
 キョウスケは最後の台詞に、特に力を込めた。
「それでアンタは乗ったの?」
 あくまでサユリは問いつめる。
「そうだ。使えるものは使わないとな」
「研究所を襲撃した夜、研究所の中を手当たり次第にひっくり返していたのは、問題のテープを探していたのね──。じゃあどうしてアタイにうち明けてくれなかったの?」
「よけいな誤解をさせたくなかったんだよ」
 すまん、と眉根を寄せて頭を下げるキョウスケの仕草は、どこまでも芝居じみていた。
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