− 第111回 −
第六章 光の河III 13
「さしずめ手錠も、パパ、貸してよーって、おねだりしたんだろ?」
「てめー!!」
 ムネオは容赦なく博士に蹴りを浴びせた。博士が不敵な笑みを消さないので、胸ぐらをつかんで引き起こし、さらに数発のパンチを見舞った。
 タケルは止めてくれと叫ぶしか為す術がなかった。涙が止めどなくあふれ出る。このままでは博士が死んでしまう。
「オオオオオレの親父はなぁ! おまえなんかより偉いんだぞ! 警察署長だぞ! おまえずっと前に親父に恥かかせたろ。だからオレは警察に代わっておまえに罰を与えてやるんだ。おまえを捕まえてキョウスケの親父さんの声の入ったテープを奪ってきたら、新しいバイク買ってくれるんだぞ。すげーだろ!」
 ムネオは涙を流し、よだれを垂らし、ますます見るに耐えなくなってきた。業を煮やしたキョウスケが「やめろ!」と一喝すると、ようやくムネオは我に返り、床にペタンと腰を落とした。博士は鼻血でヒゲを真っ赤に染め、肩で息をしている。しかし鋭い眼はまるでこの状況を楽しんでいるかのように笑っていた。逆にムネオのほうが殴り疲れたという体(てい)だ。
 タケルは、どうして博士は火に油を注ぐようなことばかり口にするのかと訝(いぶか)しんでいたが、ようやく分かった。これが相手を怒らせて本音を引き出すということなのだと。現にムネオは不思議なことを言った。キョウスケの父親の声が録音されたテープと。キョウスケの父親は波多野守だ。博士と波多野。どこでどう結びつく?
 そのとき、タケルの頭上から野太い声が割り込んだ。
「ねえ、何のことよテープって。それにアンタたちのお父様がどうして出てくるのよ」
 サユリの言葉は依然としてやわらかいものの、不振の色が含まれており、タケルを小脇に抱えなおして一歩前に出た。
「いいアジトができるから、その博士さんを捕まえて遠くにうっちゃろうっていう、話はそれだけじゃなかったの?」
「──ったく、ムネオにかかっちゃ段取りも何もあったもんじゃないぜ」
 キョウスケは苦笑しながらも、開き直ったように伸びをした。
「サユリ、オレたちの目的はおまえの言ったとおりだ。間違いじゃねえ。ただ少し裏があるのよ」
「何よ、裏って」
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