![]() − 第108回 − 第六章 光の河III 10 |
博士は眼をしばたたせて、空き缶を手に持ったまま、まるでデザートをむりやり口の中に突っ込まれたような顔で、タケルがしゃべった内容を必死に咀嚼していた。 「──ちょっと待った、タケル。波多野というと君の父さんの上司の波多野支店長か?」 「うん」 「いま県会議員候補で選挙運動の真っ最中の、あの波多野守か?」 「うん」 タケルはがくりとアゴを落とすように首肯した。 博士は意外な名前の出現に動揺していた。缶詰を置いた手で、両膝をせわしなくゴシゴシさすっている。 「そんな……しかし……いま待て、そのナントカいう記者は、えーっと理由、いや動機については 何と言うとった?」 「動機……」 「いや違う──」 博士はがばっと腰をあげると、湿原のほとりをあっちへ行ったりこっちへ行ったりとぐるぐる歩き回り始めた。 動機。銀行のお金を使い込み、賄賂を送った。 それはとりもなおさず、ダム建設をスムーズに進めるためじゃなかったか。波多野守がじっさいにそれを行ったのに、事が露見してじっさいに逮捕されたのはタケルの父さんだった──。 博士はヒゲを右手で激しく逆撫でながら、ぶつぶつとつぶやいている。タケルも不安になってきた。なんだか事件がそれだけで終わらないような気がしてきたのだ。 ポツリ。ポツリ。 湿原の水面に波紋が広がりはじめた。また雨が降り出したのだ。雲は来たときよりさらに低くたれ込め、強い風が森の向こうから吹きだした。 「タケル、行こうか」 ふたりは食べ終えた空き缶をビニール袋に入れ、そそくさと坂道を駆け上がった。 ケロケロと声がした。さっき見た蛙が雨に喜んでいるのだろうか。タケルは父さんが守ろうとした湿原に「また来るね」とお別れを告げた。 測候所の入口に着く頃にはもう本降りになっていた。遠くで稲妻がきらめき、雷鳴がとどろいた。やっと正午になろうという時刻なのに、この空の暗さはどうだ。ふたりは玄関のひさしの下まで疾走し、扉を開けて飛び込んだ。 「おっかえりなさーい」 |
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