− 第105回 −
第六章 光の河III 7
 ふたりはそんな風景を前にして水端に腰かけると、雰囲気に全くそぐわない加工食を食べ始めた。
 空に低くたれこめた雲が早足で駆け抜けていく。天気がよければもっと鮮やかな景色だったろうにとタケルは残念に思いつつ、逆にそれが妖しげな美しさを醸し出していることも否定できなかった。
 周囲に茂る木々が遠近感を狂わせるのか、本来はさほど広くない湿原を、まるで湖のようなパノラマに仕立て上げていた。
 湖──タケルはベージュ族の仲間と泳ぎ渡った“溝の帯”の湖を思い出した。タケルの心はどうしてもひっかかるものを感じていた。どうしてあんな夢を見たのか。それも毎回続編になって。
《──いまにわかる》
 心の声はそう言った。でもいまだに分からない。
「タケル」
 博士に呼びかけられて、タケルは現実の世界に引き戻された。
「ひとつ、タケルに話さねばならんことがある」
「なんでしょう」
「タケルの父さんのことだ」
「父さん?」
 タケルは驚いて博士の顔を見返した。そして博士の真剣な横顔に気づき、居ずまいを正した。
「どこから話せばいいかな──。まず、測候所を借りてまでここで何をしてるかを説明しようか。
 数年前からわしはこのあたりの山々をよく歩きまわっとった。もちろん動物が目当てでな。昨年の春頃からは鳥にしぼってあちこちを歩いて観察しとった。カナダの友人が、森の中で鳥がさえずる声を録音したものを解析してその種類を言い当てるというソフトを開発しとるんだ。これを試しに使ってくれと頼まれたんだ。それで山に登るたびに録音してはソフトに入力しとったんだが、あの頃はてんでダメだった。でもな──そのときにタケルの父さんと会ったんだ」
「山の中でですか?」
「うむ。当時の父さんはダム建設の調査で、よく山に登っていた。もともと足腰の強い人だったから適任だったんだろう。わしは父さんに声をかけた。父さんも快くダム建設計画の図面を見せてくれた。それで驚いたんだが、もし計画どおりにダムができたら、この湿原もふくめて貴重な自然が失われることになる。わしはそう父さんに言った。父さんは驚いてわしの話に耳を傾けてくれた。父さんはダムを作ってはいけないとまで言ってくれた。それから何度か山をいっしょに歩いた。もちろんこの場所にもお連れしたよ。ところが──」
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