![]() − 第104回 − 第六章 光の河III 6 |
ふたりは積み重なった缶詰に手を伸ばしてフタを開けると、あっという間に二つほどたいらげてしまった。食道を牛肉とさんまが混じ合って降りていくと、タケルも博士も「ああ」と声をあげた。 博士は持ってきた手提げ袋に缶詰を十個ほど入れ、缶詰の横に山盛りに置いてあった乾パンを放り込むと、タケルをうながして階上にのぼった。 「博士、ちょっと待って」 測候所の外へ出ようと玄関の扉を開けたとき、レインコートの防水ポケットに入れておいた携帯電話がヴヴヴと振動した。取り出すとメールが着信していた。 「すごい。こんな山の中なのに」 メールは祖父ちゃんからだった。発信時間は驚くことに二日前だ。『連絡請う』とひとこと。 留守電の方も確認してみると二件あった。一件は同じく二日前で、心配しているから連絡しておくれという内容。そしてもう一件は昨日。 『タケル! 無事なのか? いま車に乗せてもろて山形に向こうとる。運転は井沢先生じゃ。相談したら行ってくれるちゅうてな。そっちの警察にも探してくれとお願いした。いま朝やから夕方までには着くと──』 電話はそこでプープーという音を鳴らして切れた。液晶画面に「圏外」と表示されている。 「ふだんなら電波状況は悪くないんだが、台風のせいでダメなようだな」 タケルは留守電の内容を博士に教えた。 「うーむ。やはりこれは、早く下山して安心させてあげないといかん」 携帯は二度と通話OKにならなかった。タケルは祖父ちゃんだけでなく、井沢先生まで心配させたことを申し訳なく思いながらも、どこかうれしい気持ちを抑えられなかった。 とにかく腹が減っては動けない。ふたりは食べ物を持って測候所を出ると、歩いて二三分という博士の『わしの湖』めざして米沢側の斜面を滑り降りていった。 そのとき測候所の反対側に密生している藪がザワザワと揺れたことにふたりはまったく気づかなかった。 「すごい……」 思わず息をのんだタケルの眼前に、深い木々に囲まれた湿原が広がっていた。湖水を吹きわたる風がミズバショウや色とりどりの花々を揺らしている。澄み切った空気の中に横たわる静謐さを、音のない交響曲が盛り上げていた。 |
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