− 第102回 −
第六章 光の河III 4
 雨は止み、風だけが木々の葉を鳴らしながら、低くたれ込めた雲を押し流していた。すでに尾根をふたつばかり越えた。健脚のふたりもそろそろ疲れが出始め、歩くスピードが遅くなった。話す言葉もしぜんと現実感を帯びたものになっていた。
「博士」
「なにかな」
「基地に着いたあと、どうするんですか?」
「うむ、昼飯を食って、しばらく休憩したら山を反対側に下りようと思う。それなら誰に見つかる心配もあるまいしな。ちょっと遠いが暗くなる前には向こうの町にたどりつけよう──それからあちこちに連絡して──置いてきた動物たちも明日には助け出せるだろう」
「うん」
「さっき話した湖は、基地のそばにある。そこでランチとしゃれこもうか」
「やった」
 ふたりは木陰に腰掛けて休息した。体じゅう汗まみれ泥まみれだ。タケルはドリンクをリュックから取り出し、博士と交代で飲み干した。
「それにしてもタケルが猿人の世界に行った話は興味深かったなあ」
 博士はうらやましそうにため息をついた。
「あれはやっぱりアフリカの話でしょうか?」
「そうかもしれんな。金の鉱脈も出てきたし──エチオピア、ケニア、タンザニアのどこかか」
「博士はアフリカに行ったことは?」
「うむ、十年ほど前に二度ばかりな。今も友人がそこで研究しておる。また来いとしつこく呼ばれているよ」
「へえー、博士にも友達がいたんですね」
「それはひどいな、わっはっは」
 おどけて笑う博士とは対称的に、タケルの心は沈んだ。
「ぼく、引っ越し先では、まだ新しい友達ができないんです」
「そうか……友達なんてな、しぜんにできるもんだ。焦ることはない」
「うん……」
 タケルは足元の石をコツンとけった。石は斜面をころころと転がり落ちていった。
「タケル、さっきの話だと、大冒険の中で猿人の友達が何人もできたそうじゃないか」
 タケルの脳裏に、姉や大男やサユリの顔がよみがえった。むしょうに恋しくなり、タケルは熱くなった目頭をこすった。彼らとは言葉を使わずに心で通じ合った。あれが友達というものなのか。
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