− 第101回 −
第六章 光の河III 3
 じっさい博士は驚いていた。
 タケルはもっと幼い頃、田舎を走り回っていたというものの、ここ数年はいわゆる鍵っ子だったはずで、それを証明するように、研究所を出てログハウスに到着するまでのタケルの足取りはおぼつかなかった。
 それがどうだ。いま歩いてる山道の方がよほど険しいのに、タケルときたらサッサッと登っていく。博士は登山の経験も少なくないので、タケルの足の運び方、手がかりのつかみ方に寸分の無駄がないことは見れば分かる。
 不思議でならない。何がこの子を変えたのか。夢の話は聞いた。しかし登山用の睡眠学習など聞いたことがない。考えられるとすれば……初めてのひとり旅や、ここにたどりつくまで体験したことが、タケルの天分を開く“きっかけの一歩”になったとでもいうか──。
「博士」
 突然呼びかけられて、新出博士はビクッとした。
「ん? なにかな」
「どうしたの。なんだかこわい顔ですよ」
「ああ……いやすまん、考えごとをしとった」
 博士は顔のこわばりを照れ笑いでごまかした。
「そうそう、タケル、話してなかったかな」
「なんでしょう?」
 博士はタケルの大人びた視線をかわそうとして、別の話題を持ち出した。
「じつは基地のそばに、いいところを見つけたんだよ」
「え、え、なになに」
「ふふふ、プライベート・レイクさ」
「プラ……レ?」
「日本語でいうところの“わしの湖”だよ」
「博士の?」
「そう」
「すごい! 博士しか知らない秘密の湖なんですか?」
「タケルは秘密が好きだなあ。そのとおり」
「ひょっとして竜神様が棲んでるとか」
「それは分から……いや、おるかもしれんぞ」
「光りゴケが底で光ってたり」
「いや、苔は生えてないと思う。そのかわりに、ホタルがおる」
「えー、見たい見たい!」
 タケルは博士にしがみつかんばかりに驚喜した。
「わかった、わかった。基地に到着したら連れていってやろう」
 おっしゃーとタケルはガッツポーズを作った。
←次回  トップ  前回→