− 第100回 −
第六章 光の河III 2
「山歩き? ここは陸の孤島なんでしょ?」
 すると博士は、やおらゆっくりと立ち上がり、思わせぶりな笑いを見せた。
「ここから直(ちょく)で町に降りられないという意味では孤島だ。ふつうの感覚で言えば、な」
 タケルはますます分からなくなった。それを見て博士は頭をかいて、
「ははは、秘密でもなんでもないんだが、じつはな、ここから尾根づたいに歩いたところに、つい先日新しい基地を作ってな」
「秘密基地……」
「だから秘密じゃないと言うとる」
「そこに行くの?」
「理解が早いのお。そうだ、行こうと思うとる。基地には山の観察用にいろんな装備も置いてあるし、非常食もたくわえてある」
 にわかにタケルの顔が輝いた。秘密でも秘密でなくてもいい。基地という言葉は抵抗しがたい力でタケルの心を魅了した。
 ぴょんと立ち上がると、タケルはリュックに手を伸ばした。
「行きましょう! 博士」
「……なんでそんな急に元気になれる?」

 雨も風も相変わらず強かったが、博士によれば昨日の半分ほどだという。ふたりはレインコートを羽織ってログハウスをあとにした。
 尾根づたいの道は険しかった。道中はほとんどが森林の中だった。それでも博士は見渡せる山の形と磁石を頼りにずんずんと歩を進めていく。さすが自分の庭だと豪語するだけのことはあるなとタケルは感心した。
 道すがら、タケルはまだ記憶に鮮明な昨夜の夢のことを話した。火山の噴火に追われて棲み家を出て“溝の帯”に下りたこと。湖を泳ぎわたったが流されて黄金がきらめく地底の洞穴をさまよい歩いたこと。溶岩流を越え、鍾乳洞に分け入って、ついに地底世界をこの眼で見たこと。最後にマグマに追われながらも無事脱出できたこと──。
「それで、ベージュ族はブラウン族と友達になったんです」
 話し終えたタケルは、自分が貴重な体験をしたことを実感した。あれほどのピンチを切り抜けてきたんだから怖いものは何もない。胸を張ってそう言える気がする。
「なんだか急に大人になったみたいだな」
「うん、姉さんにもそう言われた」
 タケルの答えに、博士はうんうんとうなずいた。
←次回  トップ  前回→