− 第99回 −
第六章 光の河III 1
 タケルは眼を覚ました。
 ログハウスの天井を支える丸太が目に映った。
 ──帰ってきた。
 ──いや、夢から覚めたのか。
 タケルはしばらく余韻に浸っていた。
 顔を横に向けると、寝袋に両足をつっこんだ新出博士が、柱を背にしてうつらうつらと体を揺らしている。まちがいなく現代だ。
 タケルは自分がくるまっていた寝袋のジッパーを降ろして上半身を起こした。ひたいから何かがぼとっと落ちた。そのとき初めておでこに湿ったタオルが乗せられていたのに気がついた。
 タケルの身じろぎに博士も眠りから覚めた。
「おお、タケル。おはよう」
 タケルは久しぶりに会ったような錯覚を感じた。
「博士、ただいま」
「なにがただいまだ。どうだ、調子は」
 訊かれてタケルは小首を傾げた。
「んーいい感じ。なんかスッキリしてます」
「スッキリもないもんだぞ。二晩もうなされてたんだからなあ」
 タケルは驚いた。「そんなに?」
「そうじゃよ。おとついの晩に倒れて熱出して、ずっと『熱い熱い』とうわごとを言いながら寝続けとった。このままじゃいかん、病院へ連れていこうと思ったんだが、この雨風だ」
 そういえばさっきからずっと雨の吹きつける音がしていた。どこか外壁がはがれているのか風がバタバタと鳴らしている。
「昨日が台風の直撃日だったようだ。そりゃもうむちゃくちゃな降りだったぞ。下の道まで様子を見に行ったんだが、敷地を出てすぐのところで土砂崩れが起きとった。今やここは陸の孤島だ」
 どおりで博士のヒゲも髪の毛もくしゃくしゃだ。
「そんなわけで、タケルには気の毒だったが、完全に足止めくらわされとったんだよ」
 言いながら博士はタケルのひたいに手を当てた。
「……うーむ、熱はひいたようだ。顔色もいい。何も食うとらんのに前より元気に見えるのお」
 とたんにタケルのおなかがグーと鳴った。
「そうだろそうだろ」
 博士はにっこり笑った。しかしすぐ真顔に戻ってタケルに顔を近づけた。
「どうだ、歩けそうか?」
 タケルは寝袋を這い出して立ち上がってみた。不思議と気力も体力も充実している。
「ほお……若いのお。これなら少々の山歩きは大丈夫だな」
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