![]() − 第95回 − 第五章 溝の帯III 31 |
このときほど彼を頼もしく思ったことはない。ほんもののボブ・サップにも勝てるかも! 感激のあまりぼくは彼の腕を握りしめようとした。ところが逆に彼はぼくと姉に倒れかかってきた。体が火のように熱い。 ──むちゃくちゃして! 死ぬわよ。 姉はまるで姉弟のような口調でサユリを叱った。サユリのほおがわずかにゆるんだ。 『だってよ、あんたらはおれの命の恩人だ』 そう言いながらぼくらの腕につかまって、なんとかそばの岩に腰をおろした。むくんだ右足はまったく使えないようだ。 「こんなとこまで、よく来てくれたね」 『あんたらはどうか知らねえが、おれたち一族は義理堅い』 そう言うと、今度こそほんとうにニヤッと笑った。なるほど猿人が笑うとこんな顔になるのか。たぶん新出博士や学者の誰ひとりとして想像すらできないだろう。すばらしくいい顔だ。 ──さあ、いくわよ。 姉のひと声を合図に、ぼくたち三人は目指す洞穴へダッシュした。すでに鍾乳洞の半分が溶岩流によって飲み込まれていた。湖があげる水煙が視界を悪くしている。ぼくたちが向かおうとする道は、いく筋もの溶岩が通せんぼしていた。 『おれの跡を付いてきてくれ!』 そう叫ぶとサユリは溶岩の中に躍り込んだ。そして驚く姉やぼくをしりめに、器用な足さばきで溶岩の中に残る鍾乳石をつたい渡っていく。きっと最後の死力を振りしぼってるんだ。姉もすぐに後を追って飛び込んだ。 迷っていれば確実に死ぬ。やぶれかぶれだ。ぼくも最初の足場へと大きく跳躍した。 煙が眼にしみる。呼吸が苦しい。ベージュの体毛がチリチリと焼ける。爆(は)ぜた石が首筋を直撃する。一瞬の油断もできない障害物競走。 生きた心地もしないのに、心の中では自分の運動能力に驚いていた。サユリや姉もぼくも、まるでスーパーヒーローみたいだ。恐ろしく広い溶岩流の上を飛び越え、わずかな地面の出っぱりを足先でつかむ。以前、博士が「われわれ人類って、猿人より進化してると本当に思ってるのかねえ」と言ってたのを思い出した。 溶岩流の足が速い。すでに洞穴の入口はゆっくりとした流れに浸され、さらに第二波が迫っていた。サユリは体を真一文字にしてこれを飛び越え、姉とぼくもつづいた。 父の黄金塊はすでに溶岩に飲み込まれていた。 |
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