![]() − 第90回 − 第五章 溝の帯III 26 |
サユリはなんとか自力で起きあがろうとした。彼の体を汗が滝のように流れ落ちる。四本足歩行がメインの彼らにすれば、三本でもなんとか歩けるのではと思ったが、サユリはうなり声をあげて倒れてしまった。噛まれたところが紫色に腫(は)れあがってる。もしかすると巨大花の花粉が傷口に侵入して化膿したのかも。 彼は再び立ち上がるのは無理そうだった。 周囲には誰もいない。おりてきた穴ははるか向こうだ。不気味な振動のつづく中、グロテスクな世界にポツンと残されて……どうする。 いけない! 頭の芯がぼおっとしてきた。鼻につめたコケが乾いて防毒効果がなくなってきたんだ。免疫のあるぼくでも長時間は危険だ。 早くなんとかしないと。なにかないか。 焦りまくる眼があるものをとらえた。これだ! 岩棚の端に寄って腕を伸ばして一本の太いつる草をつかみ、力まかせに引っぱった。ブチブチとつる草は壁面からはがれ、巨大な葉っぱに手が届くまでたぐり寄せると、かたわらに転がっていた鋭い石を叩きつけて、十分な長さのつる草を切り落とした。 次に、サユリの巨体を転がして、葉っぱの上に寝転がらせた。なんとか首から尻までが葉っぱの中におさまった。 最後に、つる草を自分の体にぐるぐる巻きにして完成だ。ぼくは両手両足をふんばって、つる草を引っぱった。 重たいタンスを動かすとき、タンスの下へ新聞紙を敷くのと同じ要領だ。 岩棚の上はでこぼこしていたが、葉っぱが意外に丈夫だったのがよかった。少しずつだがサユリを乗せた葉っぱが動き出した。 横穴の入口にたどりつくまでに途方もない時間がかかってしまった。ここからは登りだ。すでに腰にキリキリ食い込んでくるつる草にかなりエネルギーを奪われていた。気が遠くなりそうだ。 ふと耳がヒタヒタという音をとらえた。姉が数人の猿人を従えて駆け下りてくるのが見えた。 ──まあ、ひとりでこんなことを……。 姉はすぐにつる草を解くと、連れてきた体格のいい猿人に交代させてくれた。彼らはしっかりと鼻栓をしていた。 縦穴まで来るのにそう時間はかからなかった。そしてそこに組み体操で作られた“猿人ハシゴ”を発見したとき、こういう工夫の積み重ねが進歩を生むんだと素直に感動してしまった。 |
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