![]() − 第88回 − 第五章 溝の帯III 24 |
またたく間に十人ばかりを病院送りにしたサユリは手をゆるめず、次々と獲物を捕らえてはその暴力の餌食にしていった……人助けのために。 何の役にも立たないぼくが言うのもヘンだけど彼はよくやった。殴っては運んで投げの繰り返し。 しかし彼にも疲労の色が見えてきた。花に誘われた猿人たちは先に進むし、彼らと縦穴の間を行きつ戻りつするわけで、戻り道は登りだ。道はデコボコなので歩きにくい。サユリのペースはじょじょにダウンしていった。鼻に突っ込んだコケもいつまで保つか分からない。 ぼくは気絶した猿人を運ぶ役だけまかされた。それでも十分に重労働だった。意識のない人がこんなに重いとは想像もしなかった。 サユリもぼくもヘトヘトになっていた。猿人たちの先頭は、ずっと先に行ってしまったようだ。「とにかく先頭まで行ってみよう」とぼくはジェスチャーで伝えた。サユリもうなずいた。 肩で息をしながら先頭集団を追いかけたが、彼らの姿はすでに横穴には見当たらなかった。ぼくたちはあきらめずにどんどん奥へと入っていった。そしてついに横穴の出口にたどりついた。 ぼくたちが出たのは岩棚のような場所だった。 ここからの風景をどう表現すればいいだろう。これほど現実離れした景色を見たことがない。 見おろしてるのは、まぎれもなく地底世界だ。でも姉が見せてくれたのとはまったく違っていた。 岩棚から地底の地面までの距離はビル5階ぐらいか。はるか地平線の向こうまで、同じデザインのパターンが繰り返し横たわっている。 花・花・花・花・花。 紫の水玉模様をした、巨大花の絨毯。 見渡す限りの花が地表を埋め尽くしてるのだ。 こんなに毒々しい眺めは初めてだ。 空気まで赤っぽくかすんでいる。これは花が飛ばした花粉なのか。異様な濃さだ。あんなに離れた場所にいた猿人たちがマイッたのもうなずける。 この世界は、なぜこんなに変わったんだろう? 地表の真ん中を太い川が横切ってる。溶岩の川だ。気温が高いのはそのせいか。ぼくの父母らの故郷のはずなのにこれじゃ住むのは無理だ。 気温の上昇がそもそもの原因かもしれない。巨大花にとっては好都合だったわけだ。 地底世界は花に征服されてしまった。姉が知ったら悲しむだろう。岩棚を囲む壁面まで、いちめんのつる草に覆われてる。真っ赤なムチのようで毒々しさ満点だ。 |
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