− 第79回 −
第五章 溝の帯III 15
 溶岩流が発する熱を冷ますように風が吹き抜ける。それは溶岩を跨いだ太鼓橋の巨岩を舐めて、奥へと吸い込まれていく。舞い上がった砂煙が、風下はこっちだと教えてくれてる。
 ぼくはサユリの肩を叩いて、もと来た道を指さした。サユリはうなずいた。
 洞穴は思ったほど崩れていなかった。せまかったのが幸いしたようだ。足元に散らばる石くれの数が来るときより増えていて、踏んで怪我しないよう注意しながら足を運んでいたら、帰りは何倍もの時間がかかってしまった。
 緊張の面もちで待っていたキョウスケは、ムネオの死に、顔を曇らせたが、道があることを聞いてホッとしたようだ。姉もぼくの無事を喜んだ。
 キョウスケはすぐ全員に出発の号令をかけた。怪我人は元気なものが背に負った。
 猿人たちの行列は黙々と洞穴を歩き抜け、やがて溶岩流の崖っぷちに出た。できたばかりの崖道は滑りやすかったが、なんとか全員、太鼓橋の手前まで到着することができた。
 ここで予想以上の難関が待ち受けていた。
 橋に見えた岩は、正面から見るとギョウザのような形をしてる。歩いて渡れる場所がない。
 ステゴザウルスが溶岩の上に両手足を突っ張ってる絵を想像すると近いだろう。
 キョウスケがぼくに向かって「おまえが先に行け」とアゴで命令した。やっぱりな。
 何十人ものブラウン族と姉の視線を一身に受けて、ぼくは橋を渡り始めた。両手で尖った縁につかまり、足で体を支えながら斜面を横向きに進む。
 かなりきつい。股の間から、溶岩がゴゴゴと低音を響かせて流れているのが見える。熱気に尻が熱くなってきた。早く渡りきらないと保たない。
 ぼくは脂汗を滴らせながら、15分ほどかけてようやく対岸にたどり着いた。筋肉が悲鳴を上げてる腕を大きく振って、到着を知らせた。
 でも本隊はなかなか渡ってこようとしなかった。なにをしてるんだろう。相変わらず地面は休むことなく揺れ続けており、不安がかき立てられる。この橋もいつ崩れ落ちないとも限らないのに。急いでくれよ。
 落ち着かず、対岸と溶岩流を交互に見やりながら、イライラして待ち続けた。
 いったん戻ろうかと考え始めたとき、ようやく彼らは渡り始めた。誰もがおっかなびっくりという感じだ。手を離したら一巻の終わり。やり直しはきかないんだ。
 ヒヤヒヤする。とても見てられない。
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