− 第76回 −
第五章 溝の帯III 12
 猿人ムネオが溶岩に飲み込まれるまで、ぼくの眼は瞬きもせず彼を追い続けた。その姿が溶岩に没した瞬間、ぼくは大声で叫んでいた。
 熱い空気が頬をなぶる。石礫(いしつぶて)が体に降り注ぐ。僕は頭を抱えたまま必死で岩にしがみついていた。
 もう我慢の限界だ! いい加減にしてくれ!

 なんでこんな思いばかりしなきゃいけない?
 ぼくはまだ十歳の子供なのに!
 大好きだった父さんを犯人呼ばわりされて。
 その父さんの命をを奪われて。
 母さんだって黄昏(たそが)れたままで。
 波多野のおじさんにも裏切られて。
 近所のおばさんらに冷たい仕打ちを受けて。
 悪党三人組にひどい目に遭わされて。
 ……これでもまだ足りないっていうのか!

 落下していく猿人ムネオの絶望的な顔が瞼の裏に焼き付いてる。哀れな声が耳にこびり付いてる。振り払おうとさらに大声をあげても、消えるどころか何度も何度もよみがえってくる。
 現実の世界でも、逃げたくなる事ばかりなのに、どうして夢の中でまでこんな思いを──。
 夢? ……これは夢なのか?
 考えもしなかった。
 あまりにリアルだから?
 夢の中で「これは夢だ」なんて思わない。それは夢の証(あかし)であり、だからこそ起きてる時「あれは夢の話だ」と片付けられたんじゃないのか?
 なのに今、夢だと思った。どっちが正しい?
 夢だとしたら、誰が溶岩に飲まれようが、岩の下敷きになろうが、気にすることはないのか?

 大きな地震に襲われて。
 火山が噴火して逃げまどって。
 湖を必死に泳ぎ渡って。
 津波に押し流されて。
 仲間たちが何人も目の前で命を落として。
 ……どうして夢の中でまで、こんなつらくて怖くて、イヤな思いをしなきゃいけない!?
 夢なら覚めてくれ!

 そもそもなんでぼくは猿人の夢なんか見てるんだ? 博士は、ぼくの知らない知識が含まれてるようなことを言った。おかしいじゃないか!?
 これは本当に夢なのか?
 夢だとしたら、どうしてこんな夢ばかり見せられるんだ!
←次回  トップ  前回→