− 第74回 −
第五章 溝の帯III 10
 ──あなたは前の戦いの時から眼を付けられていたそうよ。
 やはりぼくは目立つ存在だったのか。
 ──“溝の帯”に降りていく私たちを見た者がいて、きっと安全な場所にくぐり抜ける近道を知ってるんだろうと思ったらしいの。だから彼ら一族も思い切ってここまで降りてきたんですって。
 「一族」。その言葉を裏書きするように、三人組の後ろの暗闇からいくつもの顔がこちらを覗き込んでいた。小さな子供や女性もいる。
「ここはどこなの?」
 ──彼らは“溝の帯”に降り立つと、帯に直角に走る亀裂を道にして歩いてきたそうよ。猛獣に追われて、崖崩れに見舞われて、その時点で人数の半分は失われていたそうだけど……。それだけに彼らも必死なのね。火山弾や崩れ落ちる岩を避けて歩いてるうち、だんだん地下の道へと迷い込んでしまったらしいの。だからここがどこなのか分からないと言ってたわ。私はこの先で地下水が溜まってるところにひっかかってたの。あなたも無事でいてくれて嬉しかったわ。
 姉はぼくを抱きしめてくれた。肌のぬくもり。この感触、どれぐらい振りだろう……。
 猿人キョウスケが爪先でぼくの背中を小突いて急き立てた。この迷路の地下道から早く連れ出せというのだ。彼らも仲間を引き連れている責任があるのだろう。人類バージョンの三人組に比べれば、遥かに立派だ。
 ぼくにだって道は分からない。方向すらつかめない。でも……でもここで「知らない」なんて白状したら噛み殺されるだろうか?
 猿人サユリがぼくの腕をつかんで引き起こした。焦る気持ちが伝わってきた。いまは逆らわないほうがいい。こんな場所で姉を連れて逃げ切る自信はない。
 ぼくは天井をぐるっと見回して、調べるような素振りであちこち歩き回った。鼻をフンフンと鳴らしたり地面に耳を押し当てたり。それで何が分かるというわけじゃない。あくまで時間稼ぎだ。彼らも、ぼくが調査していると思いこんだらしく、離れてじっと見守っている。いや監視か。
 いくつかの脇道へも入ってみた。懐中電灯も、ローソクすらもなしに先がどうなってるか知ることはできない。ただ、ひとつ気づいたことがある。風が通る道があるのだ。天井の裂け目から入った空気が抜ける道がある。これは確信が持てた。
 脇道のいくつかには、難民となったブラウン族たちがいた。ひとりとして無傷な者はいなかった。
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